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それからも、彼らは度々防波堤にやってきました。
体がすっぽり隠れるような黒い鞄を背負い、夕暮れになるまで海を眺めて遊ぶのです。
彼らは色んな話をしていました。学校、勉強、先生、私の知らない単語が次々と彼らの口から飛び出します。
初めて聞くそれは、波風の音よりも私を魅了しました。複雑な意味を持ち、彼らの表情を彩るのです。
父親が迎えにくるまでの間、奏でられる外の音楽。彼らに見つからぬよう岩陰に潜んで酔いしれていました。
ほんの少し顔をだしてみれば、双子の視線は海に向けられていて、まるで私を見ているようでした。呆然と眺めるだけでなく、何かを懐かしんで探しているような、そんな眼差しでしたから、やはり私は気恥ずかしくなって隠れてしまうのです。
私は人間たちのことが好きでした。
その中でも彼らは特別な存在で、彼らが身捨紙を流せば、必ずそれを追いかけるようになりました。
可愛らしい小さな手からこぼれていく、後悔。溶け消えていく文字を集めれば、彼らに近づける気がしていました。
『しゅくだいをわすれない』
『きゅうしょくをのこさない』
『わるぐちをいわれてもきにしない』
『泣かない』
『かぞくのことを言われてもけんかしない』
彼らが刻むたどたどしい字は、年月を重ねるうちに、しっかりとした文字に変わっていきました。
あの大きな黒い鞄も、彼らの背丈が伸びたことにより、小さな鞄に見えます。
身捨紙を流すたびに、逞しく成長していきました。
彼らは人間であり外の世界に住む者。
私は魚ですから、外に出てしまえば、この身が跳ね回るほどの息苦しさを味わうことでしょう。
人間であれば。海を眺める寂しさに、言葉をかけることができます。
人間であれば。身捨紙を流す悲しさに、寄り添うことができます。
ですがどれだけ考えても、私は魚のままで、彼らの身捨紙を追うことしかできないのです。
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