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三日ほど経ち、待ち望んでいた音が響きました。
ぎゅう、ぎゅ、とかたく踏みしめる雪の音。とても寒い風の吹く日でしたから、歩いただけで細かな雪の粒が宙を舞います。
岩陰から顔を出し、確かめました。
「……今日は、しばれてるなぁ」
いつも二人だったのに今日は一人でした。
鼻先が赤くなっているのは寒さだけではないでしょう。見れば瞼も、赤く腫れています。
一人だからか、口数少なく。海に視線を落としたまま。
沈んだ表情から今日はきっと身捨紙を流すに違いないと考え、彼が動くのを待ちました。
予想通り、彼は身捨紙を取り出したのですが――瞳が嵐のように揺れたと思えば、ぽたり、雨粒が紙に落ちました。
眼から流れた雨を、身捨紙が吸い取る。彼は今までに見たことのない切ない顔をしていました。
彼の様子に胸騒ぎしつつ、私は沈んでいく手紙を追いました。
手紙にたっぷり含まれた、身も凍るような外の寒さが、外よりもあたたかい海で解れていきます。
しゅわしゅわと細かな泡を放つ中、私は、彼が身捨様に託したものを知ったのです。
『弟の前で泣かない。気づかれないようにする』
『笑顔で見送る』
『身捨様。弟を連れていかないでください』
初めて触れる、懇願でした。
今まで流れてきた身捨紙は、己の後悔や悲しみを書くことで過去との分離するものでしたが、これは未来を願う言葉です。
ほんのわずかでしたが、彼の胸を占めるものに触れたことで、海はいつもより塩辛く、肌に刺さって。こんなにも寂しい日があるのだと、初めて知りました。
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