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翌朝――。
馨が長期滞在していたシティホテルをチェックアウトして、いつもの通勤路を逆方向に歩いていく。ホテルのロビーを出てから馨は何故かよそよそしく俺と離れて並んで駅まで歩いていた。それに少しムッとして、無理やり手を繋いでいる。
「もういい加減に手を離して。木崎君の職場の誰かに見られたら……」
「今さら何言うの? 馨だって往来で俺に抱きついたりしただろ」
「あれは夜も遅かったし。それに名前も……」
これが本来の馨なのか。さっきから顔を赤くしてチラチラと窺いながらも俺と目が合いそうになると、ぱっと視線を逸らして俯き加減だ。それが本当に可愛くて守ってやりたくなる。
「大丈夫。仕事中は今まで通り水無月さんって呼ぶよ。でも代わりに二人の時は、ね?」
「……だったら、今は手を離してよ」
シティホテルと駅を結ぶ大きな橋の前の横断歩道で信号待ちをする。横断歩道の向こう側には駅からそれぞれの職場へ向かう人達が寒そうに肩を竦めて並んでいる。その人達の中に佐竹の姿を見つけて、繋いでいた馨の手がビクンと震えた。
信号が青に変わり、人々が流れてくる。俺は馨の手を離すとその背中に軽く手のひらを添えた。少し青い顔をした馨は何かを決心したようにきゅっと唇を結んで歩き始めた。
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