しらない兄弟

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「その本、好きですか」  そう聞いてきたのは、店主兄弟の兄の方だった。兄の方から話しかけられるのは実に二か月ぶりだった。私は驚きながら、まだ途中だからわからない、と答えた。 「僕はその本が好きなんです。やっと売れたと思ったら、あなたが買っていたんですね」  あなたの弟が好きじゃないというから買いました、とはさすがにいえず、当たり障りのない返しをすると彼は満足そうに微笑んだ。  この兄ときちんとした会話をするのははじめてだったので、私は、どんなジャンルをよく読むのか彼に尋ねた。 「僕は本ならなんでも読みます。店の本も全部読んでいますよ」  確かによく本を読んでいる姿を見たが、まさかそこまで読書家だとは思わなかったので私は素直に感心した。 「その本は特に気に入っています。この作者の他の作品も読みたいのですが、どうやらこれだけしか本を出していないようで」  どうやら作者は多作な人ではないようだった。それどころか、巻末の著者紹介にもろくな情報はなく、職業作家なのかどうかもわからない。 「読み終わったら、感想を聞かせてください」  そういって兄は上機嫌で母屋に入っていった。 「その本、好きですか」  そう聞いてきたのは、店主の老婆だった。その日は兄弟がふたりとも外出しており、老婆も久方ぶりに調子がよいといって店に出てきていたのだった。  ちょうど読み終えたばかりだったので、私は素直に感想を述べた。普通のラブストーリーで、これといった強い印象もないが、不快な話でもなく、ハッピーエンドの、普通の話であったと。 「それはね、あの子たちの両親の話なんですよ」  私は驚いた。あの兄弟の両親、ということは、この老婆とその夫の話なのだ。 「いいえ、あの子たちはあたしの子どもじゃありません。あたしの姉の子なの」  お姉さんは、と問うと、老婆は小さく首をふった。 「姉さんはふたりを産んですぐに、首を吊ったんです」  それは、小説とは異なる結末だった。 「最後だけ、結末を変えました。あたしが望んでいたものに」  物語では主人公の女性と男性は結ばれたが、実際はそうではなかった。  老婆は本当の物語を私に教えてくれた。
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