しらない兄弟

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 あの兄弟の父親は、普通のサラリーマンだった。それは小説と同じだ。だが、小説とは異なり、現実での彼はリストラに遭ってから酒に溺れ、結婚を間近にしていた女性に暴力をふるうようになった。  それでも必死に彼を支え、再就職させ、ふたりは結婚した。子どももでき、すべては上手くいくものと思っていた。  しかし、男は妻の妹と浮気をしていた。  深い理由はなかった。妹はべつに男のことが好きだったわけでもなかったし、男は妻のことを愛していた。ただ、なんの理由もなく、流れで、不倫関係になってしまった。  それに耐えきれなかった彼女は、ふたりの兄弟を産んですぐ、目を離したすきに、病室のカーテンで首を吊った。  その話を、老婆は淡々と語った。  自分が姉を死に追いやった過去を。 「結局姉は、あたしのことも自分の夫のことも責めませんでした」  だから、自分で自分に罰をあたえたのだろうか。 「罰は地獄で受けましょう。ただ、あたしがいなかったら、ふたりは幸せだったはず。そう思って、あたしがいない世界を書いたんです」  もしも姉夫婦が幸せだったならの話をつくって、ほんの数冊だけ出版した。それがこの本だった。 「あのふたりはなにも知りません。その本もお客さんが売りにきたものだから、まさか自分に関係があるとは思わないでしょう」  私はその本を、鞄の奥に突っ込んだ。 「あの本、どうでしたか」  ある日、弟の方がそう聞いてきた。  私は、まあ面白かった、という曖昧な返事をした。そして、なぜあの話が好きじゃないのか、彼に聞いた。 「なんだか嘘っぽいところです」  私はどきりとした。 「ふたりが普通に結ばれて、ハッピーエンド、なところが特に。実は主人公の知り合いと夫が浮気をしていて、最後に主人公がそのふたりに恨みを込めて自殺する、ぐらいの方がリアリティありませんか」  彼は半分ふざけてそういっているようだったが、私は背筋がさむくなった。  彼は、本当に真実を知らないのだろうか。  いや、知らないからそのようなことがいえるのだろうか。
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