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「あの本、どうでしたか」
また別の日、兄の方がそう聞いてきた。
私は、まあ面白かった、という曖昧な返事をした。そして、なぜあの話が好きなのか、と彼に聞いた。
「普通の話で、ハッピーエンドで終わるから、でしょうか」
私は彼が笑顔でそういうのを見て、老婆の願いは叶っているのかもしれない、と思った。普通の話で、ハッピーエンドで終わる姉夫婦の姿が、老婆の理想だったのだ。それを理解する読者がいたことは、老婆にとって救いではないだろうか。
「波風立たない、普通の人生で、幸せになるというのは難しいことだと思います。小さい頃は、それが当たり前だと思いがちですけれど。実際、大人になると、それが難しいことだとわかります」
たしかに、そうかもしれない。私はまだ大人というほどには大人ではないが、彼がいっていることを理解できるほどには子どもでもなかった。
「小説の中でぐらい、普通のハッピーエンドを見たいですから」
そういって、兄は少し悲しそうに笑った。
私は、なにもいえなかった。
私はその後、就職活動に専念するためバイトを辞めたが、最後まで老婆の話を兄弟にすることはなかった。
それ以来交流もなく、古書店が閉まったという噂も聞いたが、実際に足を向けることもない。近くに用 があっても、あの店にはいくつもりはない。
それでも雨が止まない日には、あの老婆と、この本に正反対の感情を向ける兄弟のことを、いつも思い出すのである。
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