第1章

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最後に海に叫ぶ人間は真夜中に来た。 闇で顔は見えないが月明かりでかすかに分かる。 年配の男性だ…少し疲れたようなため息をついたあと、私に向かって叫ぶ。 「妻よ、(ピーッ)と(ピーッ)をよくも(ピーッ)してくれたな! いつか、お前に(ピーッ)してやるからな!」 とてもじゃないが、公に公表出来る内容ではない。 一体この男性に何があったのか…私には想像がしがたい。 愛しき妻にどれだけの想いを抱けば、このような憎しみが生まれるのだろう? 仮にも神の前で永遠を誓った仲だろう…人間はここまで変わるものか。 しかし、悲しみを受け止めてやることは出来る。 せめて気を晴らしたあと、前を向いて歩いて先に進んでもらいたい。 もっとも、あれだけの悲しみを簡単に忘れられるほど人間は簡単には出来てないとは思う。 簡単ではなかろうが、せめて何かをしてやらねば私としても後味が悪い。 ザーッ、ザーッ! 柔らかいさざ波の音を立て…私は音楽とした。 波とともに潮風の匂いもたっぷり含まれるだろう。 五感を刺激する自然の音楽だ。 「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!」 男性はしばらく立ち尽くしていたが、やがて泣き始めた。 自分の憎しみの言葉に傷ついたから懺悔したと信じたい。 太陽の下で…月明かりの下で…海はいつも人間の叫びを聞いている。 報われない想い…叶えたい願い…懺悔…人の魂を海はいつも見ている。 もし、あなた方が海に向かって叫ぶその時は思い出して欲しいのだ。 物言わぬ海はいつもあなた方の声を聞いているということを。
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