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一章 大きなリュックと不思議な商人
空は澄みきった青、 雲は高く、そよそよと気持ち良い風を浴びる若い麦は、緑の波をつくり太陽の光でキラキラと輝いていた。
ここ東の大陸『マーブレグ大陸』の一番東端に位置する『ラガホ平原』は肥沃な大地と大陸を横断する大河『エナール川』という豊かな水源があり、マーブレグの野菜、穀類、肉類のほとんどを担う東大陸の食糧庫と謳われる程の穀倉地帯。
其所を見渡すと、あちらこちらに牛や馬などの草食動物が暢気そうに草を食んでいたり、草の上で膝を折って眠っているものまで居る。
そんな長閑な街道の脇を、肩当てが付いていない鉄の鎧と腰に剣を携えた如何にも戦士らしい男と、麻の服の上に皮の胸当てを装備し背中に矢筒と木の弓を背負う狩人の男が、四本の柱に色褪せた赤い布を被せただけの簡易テントの下で、茶色く汚れたローブを着た人物の前に立っていた。
どうやら茶色いローブの人物は商人の様で、商人と男達の間には藁の筵が敷いており、その上に干し肉や野菜、水などの食料品や薬草、傷薬等の医療品が陳列されている。
「こんなところに露店商人が居て助かった。しかも二日前に立ち寄った町より安いから嬉しいよ」
「あぁ。全くだ。まさか矢まで売っているなんて思わなかった」今回のクエストは難儀したからなと、狩人は苦笑いを浮かべながら買った矢束を矢筒に補充する。
「それにしても街道での露店商とは珍しいな。魔物や賊は怖くないのかい?」
露店商人はこの世界何処にでもいる。
だがそれは街の中、若しくは囲いの近くという安全な場所での話で、街の守りもなく賊や魔物が蔓延るこんな場所でやるのは、ここで凌がないと生きていけない乞食位なもの。
その品物も残念ながらあまり良いものではないのに比べ、戦士の前にいる者の品物はどれも質が良く、都にある店舗と肩を並べる程のレベルだったのだ。
フードを目深く被る商人は露出している口元を上げてニコリと笑い「心遣いありがとうございます。私もこの商売をやっている身、少しばかりの心得はあります」
その応えに狩人は笑いながら 「そうか。まぁ、『魔王』が消えてから50年になるけど、それでも魔物達は居るから気をつけろよ。また何処かで会えることがあったらまた買いに来るから。それじゃあ、またな」
戦士と狩人は食料と薬を各々の荷物に入れて、手を振りながら店を後にし、フードの商人はまたご贔屓にと二人が見えなくなるまでお辞儀をして見送った。
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