例えばあの時の出逢いが

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「足元、気を付けてくださいね。」 地上よりも更に強い風が、沙耶の後毛を揺らす。 「老朽化が激しいのでこの階段はもう使われていないんですけどね。特に買収されてからは使用禁止になっていてー」 車の走行音やクラクションの音が、下から邪魔をして、前を向いて階段を上る朝比奈の声は途切れ途切れだ。挙句に風が、沙耶の耳も塞ぐようだった。 「ほら、ここから、そっちに渡れるんです。」 立ち止まった朝比奈の視線の先にあるのは、百貨店から不自然に突き出たスペースだった。 なるほど、渡れるというのは少々語弊がある気がするが、階段の脇の隙間からそこに降りることが出来るようだ。恐らくだが、そのスペースにある何かを点検する為に、意図的に造られた隙間のようだ。 「ここ、社食の上なんですよ。ここに換気扇があって。」 言いながら先に朝比奈が降り立つと、沙耶を振り返って、こちらに右手を差し出した。 階段脇の隙間をくぐりながら、ここに何があると言うのだろうと、沙耶は訝しむ。 だが、ここまできて後に引くわけにもいかず、風に持っていかれる髪を片手で押さえながら、大人しくその手を掴んだ。
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