例えばあの時の出逢いが

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『どうして?』 冷たい物言いにも全く動じない、というか気付かないようで、相手は引かないどころか、理由を訊ねてくる。こういうランチの同席の強要っていうのはパワハラというのか、しかし、彼にはそのパワーは何もない。上司ですらない。だってただの販売員だ。 『どうしてってーーー』 朝比奈はわざと忙しいフリをして、空気を読んでほしい感を出す。 販売部所属だった為、在庫管理や発注に追われているのは事実だった。 『もしかして、お弁当派?』 余りの読めてなさ度合いに、思わずガクッと姿勢が崩れた。 『いや、あの、一人で食べる派なんで。』 こういう人物にははっきり言わないと伝わらない。 『え、でも朝比奈くん、一昨日瀬能くんと一緒に食べてたじゃない。』 ー何で空気読めないのに、そんなこと知ってるんだ。 瀬能さんは先輩で、旧組で、それこそめちゃくちゃ助けてもらっている存在だった。 『付き合いってやつ?』 答えに窮していると、おじさんがやたら詮索してくる。 『………木本さんも自分の担当の店舗の人と食べたらいいじゃないですか。こんな下っ端の僕の所に来なくても。』 木本にいつ自分の存在を知られたのか謎なのだが、彼は色んな部署や店舗の垣根を軽く越えて、誰にでもこんなふうにフランクに声を掛けているようなのだ。だから胡散臭いと言われていた。何を嗅ぎ回っているのか知らないが、気を付けろと。でも何の力もないおじさんは、やはり無害に見えるのだった。
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