例えばあの時の出逢いが

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『取引先に謝罪なんて行かなくて良いよ。行っても無駄だし。君は戻んなさい。』 木本は口元に穏やかな笑みまで湛えながら、朝比奈の身体を反転させる。但し口調には、有無を言わせない強さがあった。 『え、いや、でも……』 あなた全く関係ないですよね。 ただの店員ですよね。 何か言う権利ないですよね。 朝比奈の動揺を見ても、彼は笑顔を絶やさない。 『いいから。』 しかし。木本に言われた通り、このまま戻った所で、瀬能にどやされるのは目に見えている。 『それとも、一人になりたい?』 その場から動けないでいる朝比奈に、木本はそう訊ねた。 正直、静かな所で一人で考えたかった。 もうどうせ辞めさせられるかもしれないし、それなら自分から辞めた方が良いし。なんか新旧の対立にも疲れたし、イベントがある毎にこんな風にミスを押しつけられたら、たまったもんじゃないし。それにこんなことがあったのに、これからもあの先輩の下で働くなんて、苦行以外の何物でもない。 『ーーーはい。』 素直に頷く朝比奈に、木本は時計塔が見えるこの場所に案内してくれたのだ。
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