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今年の春のことだった。桜薫る季節に凛としてやって来た彼女は、たちまち僕を魅惑した。年齢は僕よりも上、二十四五歳くらいだろうか。流麗な黒髪とチャーミングな瞳は、美しいながらも小動物のような愛嬌があった。
ちょうど、僕が贔屓にしている作家の新作が出たというので、その本屋に買いに寄った時のことだった。彼女は山積みになった在庫の品出しをしている最中で、僕を気に留める様子もなく、忙しなく本の束を抱えて僕とすれ違った。
ほのかなオレンジの香水が、鮮やかに香った。
恋情という甘美な夢に踊らされた僕は、後を引く彼女の長い黒髪を見詰め、ふやけたように溜め息を吐いた。
結局、買いに来た本は売り切れていて、その日一日は彼女のことしか考えられなかった。
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