三章

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「フローラ同様、足音の点からも、大伯母さんの犯行はないわけだ。二人は犯人ではない。  メイベルはまだグレーだな。メイベルの部屋の位置なら、不可能とは言えない。が、サイモンや大伯母に気づかれず、犯行がおこなえた百パーセントの保証はない。  とはいえ、メイベルは兄を心から敬慕していたようだ。兄が死んでも、爵位や財産はサイモンのもの。メイベルにはなんの得もない。したがって犯行の動機もない。  ところで、そのサイモンだ。サイモンには殺害の機会があった。事件の夜、サイモンは一人だけさきに、伯爵の部屋へ向かった。伯爵が倒れているのを見て、これは好機と考えたのかもしれない。伯爵をそのとき、ナイフで刺したのかも?」 「だが、それじゃ、悲鳴は? 悲鳴がしたときには、サイモンは二階の自分の部屋にいた。君の言ったとおり、ろうかを走る足音はなかったんだろう?」 「悲鳴は単に病気の発作かもしれない。つまづいて倒れただけかもしれないし」 「なるほど」 「前述のとおり、サイモンには動機がある。伯爵が死ねば、次の伯爵になれるかもしれない。サイモンは伯爵の顔を知らない。倒れてる男を見て、今なら自分の罪にはならないと思い、とっさに刺した」 「でも、それだと、倒れてた男はほんとは誰なんだ? なんで伯爵と入れかわってたんだ? サイモンはそこには無関係なんだろう?」 「そう。そのことがあるから、今のところ、サイモンが犯人だと断定できない。財産目当てのサイモンの犯行——という以上の事情が裏にあるとしか考えられないからな。となると、残りの三人のうちの誰かだろうか?」 「残り三人? 家族はあと、奥方と息子のシオンだけだろう?」 「奥方。息子。そして、伯爵自身だ」 「伯爵?」 「だって、殺されてたのが伯爵でないなら、本物の伯爵がどこかにいるはずだ。もっと以前に殺されていたわけじゃないかぎり」  ジェイムズは腕を組んだ。 「ほんとに困ったことをしてくれたなぁ。伯爵は。仮面なんてかぶらなければ、ややこしいことにはならなかったのに」 「死んでたのが本物の伯爵だったのか。偽者だったのなら、いつ入れかわったのかが重要になってくる。それによって、犯人となりうる人物が変わる。  まず、殺されていたのが本物の伯爵だったなら。やはり犯人はサイモンだろう。メイベルは死体の状況から見て、犯人がサイモンだと気づいた。いかに伯爵家の人間でも、当主を殺せば死刑だろう。ましてや、サイモンは母親が平民だ。口うるさい大伯母さんが親族集めて会議をひらくだろうからな。  メイベルは甥に同情し、これは兄ではないとウソをついた。なにしろ、伯爵の昔の顔をよく知っていて、現在も確認できるのは、メイベルだけだ。メイベルの嘘を見やぶれる人物は誰もいない」  ジェイムズは感心する。 「それなら、すべてに説明がつくな」 「まあ、これは一つの可能性だ。もし、この説なら、奥方の証言が生きてくる。二年前に見た伯爵と、殺された男が同一人物だという、アレだ。でも、あの証言も、奥方の保身から来てるのかもしれない。頭から信じるわけにはいかないな。奥方は殺害可能人物の一人だ」
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