三章

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「奥方が遅れてやってきたからかい?」 「まあね。二階のろうかを誰かが走れば、メイベルや伯母さんが気づいただろう。だが三階なら、階層が違うぶん、気づかれにくい。女が裸足で走れば、下の階までは聞こえなかっただろうな。  二階の連中は足手まといの伯母さんをつれてた。かけつけてくるのに多少の時間がかかった。そのあいだに部屋へ帰り、あとからなに食わぬ顔でやってくることは、充分にできた。来るのが遅れたのは、血で汚れた服を着替えてたのかもしれない。  動機はもちろん、あの男が奥方の愛人だったからだ。そうなると、二年前に伯爵を見たという証言も嘘だな」 「じゃあ、疑わしいのは、サイモンと奥方か」 「おれは、シオンも怪しいと思ってる。子どもの足音なら、なおさら階下にはひびかない。奥方が何かというと、息子を殺人の話題から遠ざけようとするのも合点がいく」  これには、ジェイムズは否定的だ。 「それはないだろう。シオンはフローラより年下なんだぞ。なにより、自分の父を殺そうとするなんて、ありえない」  ワレスは肩をすくめた。  ジェイムズはワレスの父のような男を知らないから、そんなことが言えるのだ。 「子どもっていうのは、あんがい残酷なんだ。衝動と機会があれば、なんだってやれる」 「そうかなあ……」  それについては、ワレスは議論するつもりはない。土台、おぼっちゃま育ちのジェイムズに理解できるはずがないからだ。 「あとは伯爵自身だな。見たとおり、この部屋は暗い。しかも事件の日、サイモンは明かりを持ってなかった。机や本棚のかげ。右の続き間で、ドアを半開きにして、うかがっていたのかもしれない。どこにでも身を隠すことができた。片方は暗く、片方にだけ明かりがついていれば、誰だって明かりのあるほうから、のぞいてみる。サイモンもそうした。そのすきに足音を殺して、ろうかへ逃げることはできた。メイベルたちが階段をあがってくる前に、階段とは別ルートで城を逃亡した」 「別ルートって?」 「それは城の間取りをもっと調べないと。ロープを使って窓から——なんてこともできなくはない。伯爵は四十代の健康な男だ。体力はある。  ただ……これだと、すごく変なことになる。たとえばだが、奥方が伯爵を遠くの街にすてて、愛人に身代わりをさせてたとする。  自力で城へ帰った伯爵が、不義者の男を殺したんだ。なんでまた、伯爵は城から逃げだしたんだ? だって、ここは伯爵の城。彼が王様だ。自分を裏切った奥方と間男を殺したって、それは罪にはならない。王様が罪人を手討ちにしたまで。  ということは、こうなる。やはり、伯爵はそれ以前に殺されていたか。あの夜に殺されたのが、本物の伯爵だ」  もっとも、もうひとつ、仮説かないわけではないが。  それは、あまりにも荒唐無稽すぎる。
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