四章

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 ワレスのつぶやきを聞いて、オーガストの男らしい眉が、ピクリと動く。  ワレスはそれを見逃さなかった。 「奥方さまとは不仲だったんだろう?」  騎士長はそれが主家の陰口にあたらないか迷うようだった。さんざん迷ったあげく、簡潔に述べるにとどめた。 「奥方さまは悪女などではない。ただ、気がお弱いのだと思う」 「気の弱い、ね。たとえば好きな男がいても、親の決めた結婚にさからえないような?」  オーガストは『うん』とは言わなかった。だが、無言が肯定なのだ。 「そういえば、奥方の結婚前のウワサは聞いたが、伯爵はどうだったんだろう? 奥方との結婚を快く思っていたのか? それとも、伯爵にも好きな女の一人や二人はいたんだろうか」 「そんなことは騎士長にすぎぬ私にはわからん。きさまは、さきほどから色恋のウワサ話しかしないが、本気で事件を調べる気があるのか?」 「もちろん。人が殺される裏には、必ず金銭問題か、人間関係のもつれかの、どちらかがある。この事件は、どうも人間関係のもつれが色濃いような気がする」  もっとも、サイモンが犯人ならば、金銭問題でいっきに解決するのだが。  ワレスは自分を嫌っているらしい騎士長を見あげた。 「おれがさっき、伯爵はあんたのような男だったかと聞いたのは、外見の話だったんだが。どうだ?」 「閣下は私など足元にもおよばぬ。水際立ってすぐれた容姿をお持ちだった」  ワレスは歓喜した。 「ということは、以前の伯爵の素顔を知ってるわけだ」 「むろん。私が父につれられ、騎士として入城したのは、十七のときだ。閣下は五つ上の二十二さいにおなりだった。当時は騎士と言っても、私の位は高くなかった。今ほどおそば近くに仕えたわけではない。が、狩りの折、外出の折、護衛にあたるたび、これほど優れた主君にお仕えできるのは、騎士の家に生まれた者にとって、名誉につきると考えた」 「そうだよな。城内には昔から仕える家臣が大勢いるんだ。伯爵の遺体を召使いにまでさらすとは思えないが。近衛騎士などの側仕えの目をごまかすことはできない」  それなら、サイモン犯人説はない、ということか。たとえ、メイベルがサイモンのために嘘をついたとしてもだ。家族はごまかせても、家臣をごまかせない。ただし、オーガストはメイベルに頼まれれば、虚言をはく恐れはある。 「それで、あのときの遺体は、伯爵だったのか?」  オーガストは困惑の表情を浮かべた。 「姫が違うとおっしゃられている」 「おれはあんたの意見を聞いてるんだ」 「……よく、わからない。私が近衛隊に入ったときには、すでに閣下は仮面をつけておいでだった。それ以前は間近で拝顔したわけではない。だが、私の印象では、以前はもっと輝くばかりにお美しい若さまだったように思う。反面、似ているとも感じる。なんとも言えんな」 「あんたの父も騎士なんだろ? 遺体を見なかったのか?」 「父はとっくに退役している」  嫌疑人が一人減るかと喜んだが、どうも、うまくいかない。二十年の時の壁は思った以上に厚い。
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