畏れ多いひと

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「リチャード・ファクト……さま」 「違うな」 「リチャード・ファクト閣下」 「うむ、悪くないが堅苦しいだろう。私のことはディックと呼んでくれ。それより、どこか痛まないかい? 君、殲滅した旅団を背に大怪我負ってうっ伏していたから、初代国王みたいにてっきり帝国軍に反逆したのかと思ったけど、そうじゃないみたいだ」  軽く愛称で呼ぶことを命令されたサンは驚きを通り越して呆けていた。なぜこのような高貴な身分の人間が自分などに語りかけているのか、ごくまれに見る突拍子もない設定の夢を見ているようだ。リチャード・ファクトはそれほどの人間なのである。   皇帝に謁見できる数少ない軍人に、魔術師がある。帝国の前身となった王国の初代国王は、クーデターで成り上がった軍人だった。鏡を見て自分を憎むように、再びクーデターを起こしかねない軍人の権力を削いだ。だが魔術師だけは側に置いた。今のサンと同じく下っ端に過ぎなかった軍人がクーデターを成功させられたのはひとえに彼自身の魔術のおかげであり、魔術に関しては国王の右に出るものはいなかったからである。  近年は初代国王の血を引く皇帝一族の魔力が弱まっているとも聞くが果たして……。     
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