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「……コウさん」
「ん?」
何か言おうとしたのに、何を言うべきか、千次郎は忘れてしまったようにそのあとを続けなかった。
「何? どうした?」
「いや、やっぱなんでもない」
少し間をおいて、神楽木は、「なあ」とゆっくり口を開いた。
「お前の女の扱いは全く心配はしてないから、余計なお世話を承知で言うけど」
「うん?」
「あんま川北さんにちょっかい出してあげんなよ」
突然聡子の名前が出て、千次郎は顔を上げた。
「なんで?」
「なんでって……。普通、戸惑うだろ? 大学生がキャンキャン懐いてきても」
「犬扱いかよ」
「お前の行動に感情の裏打ちがないってこと。彼女持ちなんだから」
男くさい仕草でロックグラスのウィスキーをあおりながら、
「年上の女で遊びたいなら他当たれ。俺がお前を紹介した手前、彼女に申し訳ない」
「え、別にコウさんが紹介してくれちゃったわけじゃないじゃん?」
「厳密にはそうだけど、この店通じて知り合ったわけだから、知らん顔はできないよ。それにその顔でこういうことするのは反則だってわかってるだろ」
痛いところを突かれて、千次郎は黙ってうなった。
常々、軽はずみかつ思わせぶりな言動は意識して控えているのに、相手が年上だから、少しくらい奔放であっても広い心で許してくれるだろうとそこは甘えていたのかもしれない。
聡子に対する言動は、確かに個人の興味だけであったことは否めない。
「だったらさ、本気ならいいってこと?」
「え? 本気なの?」
神楽木は心底驚いたように煙草を口から外した。
「いや、うそ。いや、わかんねー……けど」
「千と川北さん、合うとは思わないけどなー」
神楽木の助言の傍らで千次郎はあと一年で地元に帰ると言った聡子の言葉を思い出していた。
しかし、『時間の限り』がそれほど重要なことだと、あまりある時間が残されている千次郎にとっては理解の及ぶところではなかった。
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