1.人生において出会いが運命的なものかなんて所詮後付け

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「いらっしゃい、(せん)。珍しいね、こんな時間に」 「あー、うん。夜、約束あるからその前に寄ろうと思って。こっちに来る時間なかなかなくてさ」 「お前、家帰ってないの?」 「帰ってるよ、たまーにだけど。ところでさ、兄貴から本預かってない?」 「ああ、そういえば預かってたな。もうずいぶん前の話ですっかり忘れてた」  神楽木と聡子の話はもちろん中断し、注文を聞かずに神楽木は足元の冷蔵庫からペリエを取って、その彼の前に置く。 「取ってくるからちょっと待ってて」 「へーい」  神楽木が奥に下がったので、カウンターの内と外を含めてその空間には聡子とその男子だけになった。  同じ並びに座っているのでよくは見えないが、ちらりと伺えば、彼は早速出されたペリエを片手にスマートフォンを操作している。  服装は無地のネイビーのTシャツに黒のパンツとすぎるくらいにシンプルだったが、髪は金色。  そしてなにより、入ってきたときにも思ったが、かなりのイケメンだ。  横から見ればさらにきれいな顔立ちで、鼻の高さが目立つ。  この店で誰かと居合わせることのあまりない聡子は、途端に自らの手持ち無沙汰に居心地が悪くなった。  さすがに最初の頃のいたたまれない感じはもうないだろうが、一人で酒を楽しめるほど場慣れしてるかどうかといえばそれはない。  おまけに、若くていまどきの男子と二人きりで場を同じくすることに多少の恥ずかしさもあって、それまでゆっくり味わっていたココット皿の食をあわてて進めると同時に氷がとけて薄くなったカクテルを一気に飲み干す。  そこで、神楽木が戻ってくる。 「はい、これ」 「あざーっす」 「マクロ経済学? レポートかなんか?」 「うん。この本あったら単位無敵らしいんだけど、アマゾンで探しても売り切れてて。兄貴に聞いたら持っててラッキーだった」  聡子は二人の会話が一区切りついたところを見計らって、すかさず会計を申し出た。
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