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千次郎の家は鳳住宅という不動産会社を経営している。
神楽木と兄の万太郎が友人だったこともあり、鳳住宅の斡旋で、神楽木はここ八田の街に店を開いた。
万太郎は数年間、一般の企業でサラリーマンをしたのち現在は家に戻って今は系列会社である鳳産業で働いていて、まだ大学生の千次郎とは少し歳の離れた二人兄弟だ。
アンバーは、場末の八田にしては目を引く洒落た店構えだった。
最近は都心から離れて郊外に隠れ家的ロケーションを求める店も多い。だからといって、その場所が八田というのはなんとも中途半端だと千次郎は思ったが、地元にそういった店ができることは嬉しく、楽しみなことだった。
店子を大切にするという父の考えもあって、オープン当初は何人も友達を連れて来たし、千次郎自身も毎日のようにアンバーに通い、あっという間に神楽木とも親しくなった。
神楽木は顔も悪くないし、何よりそのまとわせている雰囲気が男前なので、神楽木目当ての女性客は多い。
だから、今の女性もそんなうちの一人なのかと思って尋ねてみたのだが、そうではないらしい。
常連客のようだったが、一人で行きつけのバーで飲むようなタイプには見えなかったなと思いながら、千次郎は兄から譲り受けた本をぱらぱらとめくる。
視界をたまに流れていく章タイトルが頭を素通りしていく。
そもそもがかったるい授業の本であるし、興味をひかれる内容は特にない。
「千、何か食う? 今日から新メニューなんだけど」
「んー。あんまり時間ないんだよね」
「忙しいな。ウチに来るのも久しぶりじゃない?」
「今の彼女ベッタリ系でさー」
グラスを洗っていた手を止めて、神楽木がへえ、とおもしろそうな表情で顔を上げる。
「今度の彼女は何してる人?」
「自称モデル」
「自称?」
「そ。自分では、モデルがお仕事だと思ってんの。所詮、読モなのに」
「言い方、トゲありすぎなんだけど。好きじゃないの? つきあって、一緒に暮らしてんでしょ?」
「んー? まあ、そりゃ好きだよ」
「相変わらずだなぁ、お前は」
「ねえ、今日は賢さん休み?」
からかうように笑う神楽木に、千次郎は話を打ち切るべく、奥の厨房を覗くそぶりを見せる。
「ああ、入ってるけど今買い物に行ってくれてるから」
「ふーん」
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