1.人生において出会いが運命的なものかなんて所詮後付け

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「さて、と。賢さんが戻ってきたら俺も帰るべ。賢さん、最近全然遊んでくれねーんだよな」 「だから、それは千が忙しいからだろ」  千次郎は黒板を見上げ、『三種の芋のラタトュイユ』と書かれたメニューに目を留めた。  さっきの女性と神楽木が話していたのはこれのことかと思う。 「ねえ、何かテイクアウトできる?」 「持って帰れそうなのは詰めてやるけど」 「やった。いろいろお願いします。あ、二人前」 「彼女の分? 優しいね」 「違う。俺、飯炊き係だから。今から帰って作るの面倒くさい」  千次郎が言うと、神楽木は軽く吹き出して、 「なにそれ。ますますヒモ体質じゃん、お前」 「今の彼女の場合は、だよ」 「千、料理できるの?」 「それが悲しいかな、それなりにできちゃうんだよね。他にも掃除洗濯もやってんの」 「お前にそんなことさせる彼女もすごいけど。親父さん、泣くぞ。天下の鳳グループのご子息を」  鳳の名が通るのは所詮八田界隈の一部の人間だけの話だし、『ご子息』は長男の万太郎がその役目を果たしている。  千次郎は一応は実家暮らしなのだが、特に最近はほとんど家に帰っていない。  親がうるさく言わないこともあって、彼女の家に住み着いたり、同じ八田で一人暮らしをしている万太郎のところに転がり込んだこともあったが、兄に彼女ができてからは行きづらくなった。  今回の本にしても、勝手に部屋に上がり込んで拝借してもよかったのだが、アンバーを経由させたのは、兄の彼女に配慮した結果だ。  万太郎の不在時でも彼女がマンションに来ていることは多いらしく、そこに千次郎が一人で行くシチュエーションはできるだけ避けたかった。  李下に冠を正さず、君子危うきに近寄らず。  自意識過剰なわけではなく、経験則から来る自己防衛であり危険回避能力だ。  千次郎は自分の容姿が異性に及ぼす影響力を自認している。そして、その同じ資質をこの神楽木にも認めていて、勝手にシンパシーを感じたりしていた。  このビジュアルでこの仕事だから、さぞその言動には気をつけていることだろう。
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