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「俺は誕生日過ぎてるからもう三十になったけど」
「あ、早いんだ。私三月生まれだから二十九になったばっかだし、まだ当分二十代だし!」
「そんなドヤ顔で言われてもなぁ。別に、そこうらやましくないし」
「そりゃ男はね。逆に二十代なんてまだまだよ。けど女はさあ、三十代と二十代じゃあ、松と竹どころの差じゃないのよ」
葉子の例えに、神楽木がふっと密かに吹き出している。
「歳をとるにつれて四月生まれじゃなくてよかったーって思うもん、ねえ?」
いきなり葉子に話を振られ、聡子は慌てて頷いた。
「そういうもんなの? 川北さんは誕生日いつ?」
万太郎が、きっちり聡子の名前を憶えていて、葉子の向こうからそう問いかけてくる。
初対面という抵抗も遠慮もない。会話運びが実に自然だ。万太郎の男らしい見た目から、聡子は短絡的に怖そうと持った印象を心のなかで詫びた。実際は気さくな人柄のようだ。
賢ほど大柄ではないが神楽木に比べればずっとしっかりとした体つきで、ワイシャツをまくった腕がいい色に焼けている。
「聡子もまだ余裕だよね」
「うん。十二月だから」
神楽木が聡子に「いつものでよろしいですか」と尋ねてきた。葉子と万太郎はまだ年齢の話を続けている。
「彼、ここのオーナーの息子さんで」
「そうなんですか」
聡子はふと思い出したように顔を上げ、
「あ、鳳住宅さん……?」
「うん、そう」
「マンション借りるときお世話になりました」
聡子は神楽木に話しかけたつもりだったが、万太郎が話に入ってきて、
「へえ、それはありがとうございました。どのマンション? って言っても、俺、不動産の方じゃないからあんまり詳しくないんだけど」
「駅の北側のコンビニの向かいです。エトワール八田」
「わかるわかる。あそこ、部屋の形が変わってていいよね」
「そう、間取りが気に入って」
「葉子ちゃんは? 八田民?」
「私は世田谷。実家暮らしー」
先からの二人は飲むほうに忙しいらしく、カウンターに食事の類は見当たらない。幸い今日は時間も予算も十分にある。
聡子は、いつもは一日一品と決めて我慢しているフードメニューからいそいそといくつか選んだ。
賢は今日はおらず、神楽木が聡子の注文をきいて厨房へ下がった。
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