1.人生において出会いが運命的なものかなんて所詮後付け

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 川北聡子(かわきたさとこ)八田町(はったちょう)に越してきたのは、大学を卒業し社会人になる春のことだから、六年前のことになる。  それまでは、通っていた大学の近くのアパートに住んでいたのだが、通勤の利便を考えて今の賃貸マンションに引っ越した。  八田駅から会社までは乗り換えなしの六駅二十分で、マンションは駅から徒歩三分。深夜の帰宅に不安を感じることもない。  新築で入居し、間取りは1DK。  建物の構造上、リビングにナナメの部分があって、その変則的な部屋の形が聡子はとても気に入っていた。  八田はどちらかといえば住宅街なので賑やかさはないが、毎日の食材を調達するスーパーは二軒から選べるし、少し自転車を走らせれば日用品をそろえる大型ショッピングモールもある。一方で、昔ながらの小売店や個人の飲食店も多く、生活するには暮らしやすい場所と言えた。  聡子がその店に通うようになったのは半年ほど前のことだ。  ここ数年、駅の南側に洒落た店がぽつぽつとできるようになった。  その辺りを散策するのは聡子のちょっとした楽しみだが、自宅マンションは線路をはさんで北側にあるため、仕事帰りに足を伸ばすにはちょっとした寄り道となる。  改札口を出て、右に行くべき進路を左に取る。  たったそれだけのことだし、帰宅するのが一時間も二時間も変わるわけではない。  ましてや毎日がほぼ定時あがりの仕事だというのに、聡子が駅の南側に行くのは、金曜日かあるいは平日の仕事帰りであれば余力のあるときに限られ、多くてせいぜい週に一度くらいのものだった。  というのも、仕事帰りの聡子は大抵疲れている。  聡子の仕事は大手自動車メーカーの東京本社の受付嬢だ。  特別美人でもなく、だからといって愛嬌があるわけでもなく、何しろ今年三十になる。  自分がとうていその職に向いていないことはよくわかっていて、同僚の華々しさには気後れするし、ましてや若さという唯一の取り得がなくなってきた今ではなおらさらだ。  しかし、それもあと一年のことなので、聡子は与えられる仕事を真面目に、そして誠実にこなそうと思って毎日を勤めていた。  来年の春で仕事を辞めるのだ。
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