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万太郎がため息まじりに、
「姉ちゃん、億子って言うんだ。その上の姉ちゃんが兆子でさ。一番下の弟は三郎。単位なし」
「えっ、ホントに!?」
「いや、嘘だけど」
万太郎が、してやったりな顔をする。
二人の姉は嘘かもしれないが、単位無しの弟くらいは本当かもしれないと聡子は思っていると、「姉ちゃんも弟もいません。俺と千次郎、二人兄弟」と説明がなされる。
「川北さん、覚えてないかな。前に、ここで会ってるよ、千次郎」
「え? うーん……」
人の顔と名前を覚えることは得意な方だ。けれど、それらしき人物に思い当たらない。
この店でまみえた客の数など知れているはずだが。
「あれ、一カ月くらい前だったかなー。うちの店に本取りに来た大学生、覚えてない? 超イケメン」
「……あ! すごくかっこいい男の子! 覚えてます」
「そうそう、ムカつくくらいイケメンなんだよ、弟は」
「似てるでしょ」と言われ、一瞬言葉に詰まる。
「えっと、似てる、かなぁ」
「ひでえな。なんだよ、その間。どーせ、弟はイケメンだよ!」
そう言いながらも特に気分を概したふうでもない。
顔つきも男らしい万太郎だが、千次郎はどちらかというと中性的な顔立ちだったように記憶している。
万太郎はまだ面白くなさそうなポーズをとってはいるが、万太郎だって十分に男前の部類に入る。あとは個人の好き好きだろう。実際、聡子は万太郎のようなりりしい顔の方が好みといえば好みかもしれない。
「ま、とりあえずは日程だな。ちょっと調整して……あ、川北さん、連絡先聞いても構わない?」
「あ、はい」
「この人、言い出しっぺのくせにすっかりいい調子で寝ちゃってるし」
寝息を立てる葉子の傍らで、聡子は万太郎と電話番号の交換をする。なんだかふわふわとした心持ちで、現実は現実離れしていた。
夢を見ているようだ。もちろん、ここまで話をしていても実現するかどうかはわからない。
それでも、神楽木との距離が一段飛ばしで縮まった気がして、聡子は頬が緩むのを抑えられなかった。
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