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聡子の身体は店の入り口を明らかに通り過ぎていたが、その視線は店内を意識しながらだったことは明らかな顔の向きで、マスターに「よろしければどうぞ」と優しく言われてしまえば引くに引けず、腹が決まった。
「私、あまりお酒が飲めないんですけれど……」
「大丈夫ですよ。ノンアルコールのカクテルとかソフトドリンクもご用意してますから。コーヒーでも」
「では少しだけ、お邪魔してもいいですか」
「もちろんです。いらっしゃいませ」
友達とであれ本格的なバーなど数えるほどしか行ったことがないというのに、あろうことか初めての店に、さらにはお一人様で挑戦しようとしているなどありえないことだ。
土壇場で発揮された謎の行動力だが、ちらりと見えた店内に他の客の姿はなさそうだったし、突然に窮地に陥ったことで理性が少し欠けていたのかもしれない。
「すみません。看板のコンセントを入れますので、先に中へどうぞ。お好きな席に」
マスターを店の前に残して、聡子は誘われるままに中に足を踏み入れた。
颯爽というふうではけしてなく、おそるおそる、不慣れであることがありありとわかる調子で、たったの数歩だがその黒い床をヒールが滑らないように注意して歩いた。
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