1.人生において出会いが運命的なものかなんて所詮後付け

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 聡子の身体は店の入り口を明らかに通り過ぎていたが、その視線は店内を意識しながらだったことは明らかな顔の向きで、マスターに「よろしければどうぞ」と優しく言われてしまえば引くに引けず、腹が決まった。 「私、あまりお酒が飲めないんですけれど……」 「大丈夫ですよ。ノンアルコールのカクテルとかソフトドリンクもご用意してますから。コーヒーでも」 「では少しだけ、お邪魔してもいいですか」 「もちろんです。いらっしゃいませ」  友達とであれ本格的なバーなど数えるほどしか行ったことがないというのに、あろうことか初めての店に、さらにはお一人様で挑戦しようとしているなどありえないことだ。  土壇場で発揮された謎の行動力だが、ちらりと見えた店内に他の客の姿はなさそうだったし、突然に窮地に陥ったことで理性が少し欠けていたのかもしれない。 「すみません。看板のコンセントを入れますので、先に中へどうぞ。お好きな席に」  マスターを店の前に残して、聡子は誘われるままに中に足を踏み入れた。  颯爽というふうではけしてなく、おそるおそる、不慣れであることがありありとわかる調子で、たったの数歩だがその黒い床をヒールが滑らないように注意して歩いた。
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