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店内はひんやりと暗くて、想像以上に狭く、カウンターと隅に二人掛けのソファ席が一つあるだけだった。
看板に、ちか、と光が点る。
例の、銀色の小さな文字でUn-barとそれだけ書かれているだけの、スタイリッシュな、情報量の少なすぎる看板だ。
背中から「どこでもご自由にどうぞ」ともう一度言われて、聡子はL字型のカウンターの長辺の奥から四番目のハイチェアに腰をかけた。
映画やドラマに出てくるワンシーンのように、生まれて初めて「おまかせで」とカクテルをオーダーした。
メニューには聡子がいつも頼むポピュラーなカクテルの名前もちゃんとあったのだけれど、高揚した気分のままにちょっと調子に乗ったのだ。
甘いか辛いか、好きな味、苦手な酒、酔いたい気分かそうではないかといったいくつかの質問を受けて、それから思わず凝視してしまうほどのしなやかな手つきで作られたのみものは、半透明の炭酸の中にレモンが泳いでいて、甘苦いジュースのような酒だった。
好きでも嫌いでも、美味しくもまずくもない、はじめての味だった。
そして次の日も、聡子の理性はほどよく壊れたまま、なぜか勇ましいテンションを維持していて、また一人でアンバーの扉をたたいた。
前日、当たり障りのない話を本当にほんの少しだけして、一杯飲んだだけで帰った聡子のことを当然のようにマスターは覚えていてくれた。
「昨日と同じものを」と言ってオーダーすると、昨日とおなじのみものが静かな笑みとともにサーブされた。
何回目かに訪れたとき、話の流れでマスターに名前を告げる機会があった。
「川北です。川北聡子です」とフルネームで名乗った聡子を、厨房を担当しているアルバイトの三富賢は「聡子ちゃん」と呼び、マスターは「川北さん」と呼んだ。
マスターが神楽木、名前を『コウ』だと知ったのはいつだっただろうか。
彼を好きだと自覚したのとそう前後しないと聡子は記憶している。
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