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「あ! せーん」
大学の構内を歩いていた千次郎は、名前を呼ばれて振り返る。
ずいぶん遠くにだが友人の姿があった。
待つべくその場で足を止めるが、呼び止めた本人は急ぐでもなく、スポーツサンダルをつっかけた足をのんきな速度で放り出し歩いてくる。
池内貴大は千次郎と同じ高校の出身だ。
高校時代は友人ではなく、知り合いでもなかった。
だが、互いに存在は知っていて、当時そんな意識はなかったが今思えば敵対していたとも言える。いわゆる同族嫌悪だ。
貴大も千次郎に負けず劣らずの華やかな容姿に交友関係も派手で、しかしグループが違ったため話したことはなかった。十七、八にありがちな幼稚なプライドが邪魔していたのだろう。
そんな二人が学部は違えど同じ大学に進学し、そのときにようやく声をかけてくれたのは貴大の方だった。
「お前と一緒にいる方が得する気がする」と言った打算じみた言葉が本音なのか照れ隠しなのか今となってはどうでもいいが、実際には気も合い、付き合いやすい。大学に進学してからの千次郎の遊びの仲間はもっぱら貴大だ。
「よかったー、お前に会いたかったんだよー」
ようやく声が届く距離まで来ると、間延びした調子で貴大が言う。
やせ型で長身、ラフにセットされた髪形。手にはテイクアウトのアイスコーヒー。相変わらず軽薄さが歩いているような男だ。
「何か用あった?」
「用ってほどじゃないけどさー。ってかさ、お前最近付き合い悪くね?」
「次どこ?」「五号館」「俺三号館だから一緒に行こうぜ」そんな言葉を会話の間に挟みながら、同じ方向に並んで歩く。
「しょっちゅう実家帰ってるらしいじゃん。なんかあった?」
そんな質問をされる意味が分からず、考えている途中でピンとくる。
「……美瑠となんか話した?」
「いや、別に、美瑠ちゃんに頼まれたとかじゃねーから! ちょっと、小耳に挟んで!」
「……お前、嘘つくの下手だな」
こんな詰めの甘さで、とっかえひっかえ女を変えて遊べているのだろうか。
貴大は特定の彼女を作らない。
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