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彼の糊のきいた白いシャツは、いつも薄暗い店内にまぶしいほどに美しい。
細身の身体や短く切りそろえられた爪、しなやかな指先、柔らい物腰、無造作な髪型、そのどれもが聡子には理想の男性像だった。
聡子の人生に冒険は好まれないし、聡子自身も好まない。
それが面白みのない人生であることはわかっていたが、特にそれに不足も感じていない。
それが、たった恋一つでこんなにも日々の生活が色づくなどということは、ちょっとした驚きであり、感動だった。
「川北さん、会社にお弁当持って行ってるんだっけ? 毎日?」
「週一回は同僚と外で食べるんですけれど」
「へえ、OLさんって感じだ」
「他の部署の方たちは毎日、おいしいお店や新しいところを探して外で食べてますよ」
「どんなおかず入れてるの? 凝ったやつとか作ってそうだけど」
「全然です。いつもお決まりのものばっかりでマンネリ気味で」
今夜はいつになく調子よく会話が弾む。賢は仕込みが忙しいのか顔も出さず、話題に入ってこない。
この時間がいつまでも続けばいいのにと願ったのと店の扉が押し開かれたのは同時だった。
「ちわーっす」
明るい、というよりほぼ金色の髪の男の子が入ってきた。
大学生くらいだろうか。
聡子の後ろをするりと通って、勝手知ったるとばかりに奥の、いちばん厨房に近い席にどさっと背負っていたリュックを下ろす。
さわやかな香水の匂いが、辺りに残ってやがて消える。
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