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『身ぎれいにしている女』というのが、鳳千次郎の川北聡子に対する第一印象だった。
そもそも、第一印象といえるほどの何かを、この時の千次郎が持ったかというとそれは限りなく怪しくて、正直なところ聡子がどんな服を着ていたか、ひいてはどんな顔をしていたかも後日神楽木に、「千も以前に川北さんに会ってるよ」と言われたところで思い出すことはできなかった。
「本を取りに来たとき」と与えらえたヒントからなんとか手繰った記憶をして、二度目に聡子と対面した時もやはり『身ぎれいにしている』と同じ感想を持ったので、誰かと間違えたり、忘れたりはしていないと、未来の千次郎が密かに胸をなで下ろしたことは秘密だ。
運命と信じたい相手との初めての出会いだから、やはりそこはちゃんと覚えておきたいという微妙な男心だ。
女性は服装や持ち物、化粧とヘアスタイルにきちんと気を遣いさえしていれば、顔の造りやスタイルが抜群によくなくてもそれなりに美しく見えるというのが千次郎の考えで、聡子はまさしくそのいい例だった。
聡子は、美人かと問われれば「まあ、普通」と答えるくらいの造作で、けして悪いわけではないが、大きな目だとか、長いまつ毛だとか、釘付けになるほどの胸の大きさだとか、ひれ伏したくなるような足の長さだとか、そういうものはなくどこをとっても十人並みだった。
逆に千次郎が普段相手にしているのは全てが完璧な女ばかりだ。
久しぶりに訪れたアンバーで、千次郎は舌に痛いペリエを口に含みながら、自分と入れ替わるように席を立ったその「普通」の女を視線で見送る。
ドアを開けてやり、正真正銘の見送りをしていた神楽木がこちらへ振り返るのを待ってから言った。
「俺、お邪魔だった?」
「え? 何が?」
「俺が来たから、お姉さん帰ったのかなって」
「違う、違う。川北さんはいつも一杯だけで長居じゃないから。第一、何だよ、お邪魔って」
神楽木はなんでもないふうに笑いながらカウンターの中へ戻ってくる。
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