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◇
二人で戻ったのは夜の9時過ぎ。
瑞稀らしからぬ、健全なデートだよな。
そんな想いを抱きながら、玄関で出迎え丁寧におじぎをした。
「お帰りなさいませ。」
まあ…瑞稀の企みは大体わかっている。
恐らくは“腹をくくりに”行ったんじゃねーかなって。
案の定
「咲月、また後でね。」
そう言って、一旦咲月ちゃんと分かれて、自室へと戻った瑞稀は、俺がドアを閉めた途端に顔つきが一変した。
「…圭介、俺の“あの”個人口座…だけど。使い果たしはするけど、それで何とかなると思うんだよね。」
「…はい。」
瑞稀が大学時代、たった一人で創り上げて売り出していた、ネットゲーム関係のプログラミングやアプリ。
その時に稼いだ金が全てではないけれど、
その口座は、『谷村家の息子』ではなく、『谷村瑞稀』が今まで稼いだものをコツコツ貯めてた、本当の意味での、『個人口座』
恐らくご両親も知らない金。
けれど、“来たる時”までは温存しておこうと、手を付けずに放置していたんだよな、瑞稀。
「……。」
「瑞稀様…?」
机に腰掛けて、下を向いたままの瑞稀の組んでる指にギュッと力が入った。
「…これも、運命…なのかもね。」
ぽつりと呟かれた言葉と深い溜息。
「ごめん、圭介…。」
「いや?あれは正真正銘瑞稀のだし。使い道は瑞稀が決めることでしょ?」
即答した俺に少し眉を下げる。
「ありがと」と口角をあげたら、また顔つきが引き締まった。
「至急、谷村家の弁護士に連絡して解約手続きの段取りを組んで。それから、『佐野智樹』の所在確認も。今週中に会いに行ける様に上田にも仕事調整してもらうから。」
恐らく
俺が探偵からの情報を報告した時点で、瑞稀の答えは決まっていた。
ただ…それをする事で、咲月ちゃんを余計に苦しめる事になるかもしれない。
そんな想いが拭いきれなかったんだと思う。
けれど探偵からの話を聞いたとき、確信したんだよね、俺は。
咲月ちゃんの事は、瑞稀にしか救えないって。
まあさ、それで言ったら“来たる時”の方は、瑞稀が望むなら俺達はいつでも何とかするつもりでいるんだし
つか、俺も涼太君もそういう覚悟を持ってこの屋敷に足を踏み入れたわけだし…今は、咲月ちゃんの事に集中しようぜ…瑞稀。
.
智樹に会いに行けたのはそれから一週間程経った日曜日だった。
久しぶりに訪れた智樹の家
谷村家に比べたら、だいぶ小さくて古い洋館だけど、懐かしさに溢れたそこは、思ってたよりも朽ち果ててはなくて、寧ろ、綺麗に手入れされてる様にさえ思えた。
瑞稀を後ろに待たせて、俺がベルをならす。
こんな形でまた智樹の家のベルを鳴らす事になるなんてな…。
何となく込み上げたもの
『これも…運命なのかもね。』
瑞稀の言葉が脳裏に蘇った。
こうして、ベルを鳴らしていた高校時代。
『…おあよ。』
『何だよ~仕度出来てんじゃん!行くよ、智樹。』
『寝みぃ…。』
なあ、智樹。
あの頃、俺がもっとお前の事を分かっていれば、
決してほんの数センチしか開く事の無かった、この玄関のドアの『意味』を俺がちゃんと読み取っていれば
こんな風に『執事』として訪ねて来る事も無かったのかな。
運命ってもんを…変えられたのかな。
あの頃みたいに…「圭介」って笑ってさ…出てきてくれていたのかな。
「…何しに来たの?」
落ち着いた声の中の警戒心。目の前に突きつけられた現実が胸に突き刺さる
智樹…ごめんな。
「…今日は、薮圭介じゃなくて、『谷村家の執事』として、瑞稀様をお連れしました。」
恐らくは笑顔の消えてる俺の顔をジッと見つめ返してる智樹。
「あなたと、お話をしたいと仰られております。うちのメイドである鳥屋尾咲月の件で。」
少し身体をずらして、対面させたら、瑞稀が一歩進み出て、丁寧に頭を下げた
「突然お邪魔して、申し訳ありません。」
それに智樹も姿勢を正して丁寧におじぎをする。
「…このような所にご足労かけまして。お入り下さい。」
ちょっと門前払いも覚悟してたけど、さすがに瑞稀が自ら来たら、追い返すような事はしないか…。
促されて入って行った家の中
「すみません、ちょっと作業をしていたもので…散らかっていて。」
通されたリビングは油絵の具の匂いで充満してた。
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