再会と再会

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. 「瑞稀様が戻られたから。」 圭介さんから連絡が入ったのはそれから1時間後位だった。 急いで涼太さんに花をもらって、着替えのお手伝いの為に部屋を訪れる。 コンコンとノックをした後に聞こえる「はい、どうぞ?」と言う久しぶりの瑞稀様の声に心音が心地良く跳ねた。 やっぱり返事が返って来るっていいな。 沢山の花を抱えてやっとの思いで開けたドア 「失礼致します。」 何故か鼓動がドキドキと高鳴っている。久しぶりだから緊張している…かも。 良かった、花束が大きくて。多分思い切り強ばってるであろう顔を隠せているから。 若干震えてる足を一生懸命前へと進めていく。 「大丈夫なの?前、見えてんの?それで。」 花がカサリと揺れたと思ったら二つに束が分かれた隙間から、いきなり目の前に瑞稀様の顔が現れた。 「っ……!!」 目を見開いて固まった私に眉を下げて口元隠して笑う瑞稀様 …しばらくぶりの笑顔。 「っ……!!」 驚きと緊張が同時に一気に高まり息を飲んだまま、瞬間的に固まった。 …恐らくは、私がもの凄く素っ頓狂な顔をしていたんだと思う。瑞希様が眉を下げて楽しげに笑い、「驚き過ぎだわ」と離れて行く。 その事で漸く息を吐き出せて、同時にまた失態を犯した事に気が付いた。 主人の顔を見て驚き、『お帰りなさいませ』すら言い忘れる…とは…あるまじき。 「も、申し訳ございません。大変失礼を…」 「謝ったね?」 「あ…。」 「 罰ゲームどうすっかなー」 …ここは『申し訳ありません』が妥当な気がするけど。と、前にも思ったな、お庭で朝に会った時。 花瓶の前に花を置いてから、瑞希様の脱ぎ出したジャケットを後ろから受ける。 「もうさすがに慣れた?ここ。」 「はい…皆さん良くして下さいますので。」 「まあ、そうだよね。圭介も涼太も優しいから。」 軽い会話をサラサラとする瑞希様とは反対に、まだ鼓動が反応し、忙しなく動いている。 なるべく表情に出さないように、顔をこわばらせお腹に力を込めた。 「お着替えなさいますか?」 「あー…いや、いいや。」 瑞希様はそのままデスク前の椅子に深く腰を掛け、んー!と伸びをすると首をグルグルと回す。 やっぱり疲れていらっしゃる… そりゃそうだよね。お仕事をして帰って来たばかりだから。 私が居たら気が休まらない。早くお花を挿して、退室しなきゃ。 …とは思ったけれど。 どうしてだろうか、今日に限って花の量が多くて、挿しても、挿しても終わらない。 確かに、涼太さんは「今日は綺麗に咲いた花が沢山あるから」とは言っていたけれど。 「……」 「……」 …沈黙が気まずい。 ご主人様とメイドだから別に普通の事なはずなのに。 チラッと目をやった瑞稀様は黒斑メガネをかけて、タブレットを確認しながらパソコンのキーを打ち続けている。 『気になんの?そいつの事』 そ、そうだよ…。智樹さんがあんな事言うから。きっと私が気にし過ぎているんだ。 とにかく、瑞稀様に気を休めてもらう為にも、一刻も早く退散しなきゃ。 漸く花を全て挿し終え、後片付けを済ませる。 「お仕事している所申し訳ございませんでした。失礼いたします。」 頭を下げて部屋を出て行こうと身を翻したら、瑞稀様のパソコンキーを打つ指が止まった。 「あ、終わった?じゃあ、ちょっとこっち来て?」 メガネを外し様に「ん〜」と伸びをして欠伸をしてから「ほら、早く」と戸惑っている私を軽やかに手招き。 何か…失礼があったかな、今。 やっぱり、お花をさすのに時間がかかり過ぎた? 内心恐々としながら瑞稀様の前に立ったら机の上に置かれた小さな瓶。 「おみやげ」 ……え? 「お、おみや…げ…」 「あれ?知らない?『お土産』って。」 私の素っ頓狂な反応に、楽しそうに口元隠して笑う瑞稀様。 いや、いくら私がバカでも、『お土産』は知ってます…けれど。 こんなに大きなお屋敷のご主人様がメイドに…『お土産』を手渡し。しかもバカンスとかではなくお仕事で行ったから多忙だったはずなのに。 嬉しさと受け取って良いのだろうかと言う戸惑いで、どう答えて良いか躊躇してたら瑞稀様自らその蓋を開けた。 「坂本さんがさ、このハンドクリームお気に入りでね。いつも買ってくるんだよ、ニューヨークに行くと。」 その少し丸めの指先に瓶の中のクリームを取ると、私の左手を反対の手で握る 「結構良い香りでしょ?」 そのまま丁寧に私の掌にクリームを塗り出す瑞稀様。 う、嘘… 身体全体硬直して、鼓動が強く早く全身を駆け巡った。 「坂本さんはこれで結構、皹とか防げるらしいよ?俺はよくわからないけど。」 瑞稀様の手の感触に意識が全て集中してる。 だって、あり得ないよ、ね…こんな光景。 「まあでもさ、大変だよね、水仕事多いから。」 けれど、柑橘系の良い匂いと瑞稀様の柔らかい指の感触が、凄く心地良くて、手を引っ込める事が出来ない。 「はい。毎日頑張ってくれているメイドさんにプレゼントです。」 クリームを塗ってくれた掌にポンっと乗っけられた瓶の感触で、ハッと我に返った。 …坂本さんにもあげたと言っているし、頂いても良いのかな。 「 …ありがとうございます。」 その小瓶を見つめながら返事をしたら 「いーえ。」 今度はふわりと首周りが暖かくなる。 …え? 「こっちは咲月にだけ。」 その言葉と小首を傾げてる微笑みに静まりかけてた心音がトクン…と跳ねた。 「うん、やっぱ似合ってる。ちょっと迷ったけどこれで良かったかな 。」 首に巻かれた軽くて触り心地の良い芥子色のマフラー。 「あ、あの…」 「ごめんね。寒かったでしょ、俺が貰っちゃったからさ。」 も、貰っちゃったって、あの…私が首に巻いたマフラーの事? 「だから、代わりにこれ。ね?」 「そ、そんな…あんなマフラー…」 「『あんな』って…あれ、すごい暖かいよ?ニューヨークに居る間、ずっと付け てた。」 ず、ずっと…?! カアッと体が熱くなった。 …とっくに、捨てたかと思っていたのに。 「きょ、恐縮です…。」 俯いた私を怪訝そうな顔で覗き込む瑞稀様。その瞳に一瞬だけ目線を合わせ、また俯いた。 「あれ…その…私が編んだものでして…。」 「あ、やっぱりそうなんだ!そうかな?とも思ったんだけどね。所々ほつれてたから。」 「え?!ほ、本当ですか?」 慌てた私をハっと笑う。 その笑顔にまたトクントクンと鼓動が跳ねる。 「いや?凄い上手に編めてましたよ?」 瑞稀様は目をふっと細めて私の首に丁寧にそのマフラーを巻き直す。 「あれは俺が使うから、咲月はこっち使って?」 「で、でも…。」 「罰ゲーム」 「……。」 「って事でね?使 って?」 良いのかな…一介のメイドがご主人様にこんなに良くして頂いて。 戸惑いは沢山あったけれど、マフラーに手を当てたら、肌により感じられる柔らかい感触がやけに心地よく思えて、解くのは嫌だと思った。 …これを選ぶ瞬間、瑞稀様は私を思い出してくれた。 それって…凄い事だよね。そうやって気をかけてくださるなんて…。 時間にしたら、ほんの数分の出来事。けれど私が気持ちをほぐされるのには充分で。 いつの間にか少しだけ頬が緩んでいて。 「…ありがとうございます。とても暖かいです。」 そう素直にお礼が言えていた。 .
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