トビラを開けて

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. 「ここの掃除が終わったら、昼ご飯を頂いていいからね。」 パタパタと動き回る私に先輩メイドの坂本さんがリネンを丸めながらそう声をかけてくれる。 「あ、はい…すみません。」 ペコリとお辞儀をしつつ、坂本さんの丸めてくれたリネンをいっぺんに持ち上げる私に坂本さんはニコニコ。 「やっぱり若いと力があるわね~」 掃除機を持ち上げた。 …広いこのお屋敷になぜか、メイドは私以外には坂本さんお一人。 掃除に洗濯…相当な量を一人でこなしていたのだと思うと、坂本さんが相当凄腕のメイドだと言うのは一目瞭然で。とにかく、まずは少しでも坂本さんのお仕事が楽になるようにと働き出した。 けれどこうやって夢中で働いていると、お母さんの事も、前のお屋敷の事もあまり思い出さなくてすむな…。それにメイドの仕事はやっぱり楽しいし。 少し位、ご主人様が素っ気ない方でもこうして雇ってくださったんだもの。感謝をしないと。 その恩に報いる為にも、めいっぱい頑張って働こう。 そんな事を考えながらリネンをクリーニングのカゴに全て入れた所で、薮さんがやって来た。 「鳥屋尾さん、悪いんだけど、庭に行って庭師に幾つか花を見繕って来てもらって。それを瑞稀様のお部屋へ飾っておいて欲しいんだ。ついでにお茶の支度もしといてもらえると。あ、午後はコーヒーね?」 「お願い出来る?」と爽やかに笑う薮さん。 そうか…誘ってくださった時に言っていた。 『なんせ、屋敷に執事が一人だけなので。 少しご主人様達の身の回りの世話的な事も手伝ってもらう様になるかもしれないけど。』 このお屋敷に住んでいるのは3人。 現在、グループの中枢の会社の社長である瑞稀様、そして、会長である瑞稀様のお父様とその奥様。会長と奥様は現在、長期不在で、瑞稀様一人がこのお屋敷にいらっしゃるって事みたいだけれど…。 お屋敷一切の取り仕切りを薮さんが預かっているとさっき坂本さんも言っていた。 「…わかりました。参ります。」 「助かるよ。庭師に『花束が欲しい』って言えば瑞稀様の趣味に合わせて花を見繕ってくれるから。よろしくね。」 てきぱきと指示を出すと、薮さんはまた去って行った。 「全く、相変わらずせわしないわね~!薮さんは!」 楽しそうにカラカラと笑う坂本さんと一旦別れて、温室を目指す。 花…か。 大きなお庭を歩きながら、ふと前のお屋敷の出来事を思い出した。 まだ子供の頃 ご主人様がお気に入りだったお花を息子さんが取って花束にして私にくれたっけ。 『咲月ちゃん!僕のお嫁さんになって!』 『うん!ありがとう!智樹兄ちゃん、だ~いしゅき!』 …懐かしいな。 あの後、お母さんにもの凄い怒られて。一緒にご主人様に謝りに行ったんだよね。 ふと見上げた空は秋の快晴でそこに白い雲がフワリと浮かんでいる。 『咲月ちゃん。』 そこにあの柔らかい微笑みが重なった。 智樹さん…お元気ですか? 落ち着いたら、会いに行きますね、必ず。 辿り着いた温室の中には男の人が一人、一生懸命に花の手入れをしていた。 「あの…すみません。」 後ろからそっと声をかけた私を怪訝そうに見るその真顔。 …恐い。 大きな二重の目に、高めの鼻、厚めの唇。この人、俗に言う『イケメン』なんだと思うんだけど 彫りが深く濃い顔だからそんな真剣な顔されると睨まれてるみたい…。 「私、今日からメイドとしてこのお屋敷に勤める事になりました鳥屋尾咲月と申します。 瑞稀様のお部屋に飾るお花を取りに、ここに行くよう、薮さんより仰せつかりまして…。」 頭を下げたらその顔が少しだけ緩んだ。 「ああ!そういや、今日、新入りが来るって、圭介さんから聞いてるわ。待ってろ、今花束作るから。」 そう答えながら手際良く、鮮やかな花束を作って行く庭師さん。両手いっぱいの大きな花束を渡してくれた。 「ありがとうございます…えっと…」 「ああ、俺、涼太。よろしく、咲月。」 答えながら後ろで一つに結わいた髪に一輪の花をつけてくれる涼太さん。 すごいスマートな人だな…真顔は怖いけれど、笑顔は優しい感じがするし。 そんな事を考えながら、中心の大きな花に鼻を近づけたら凄く良い香りが漂って来た。 …さて。瑞稀様のお部屋へお伺いしよう。 .
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