トビラを開けて

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. 「…よし。これで坂本さんからお聞きしたことは全部出来たね。」 洗濯場での仕事が終わり、屋敷へと戻る最中。植木の手入れをしている涼太さんに会った。 「あの…こんにちは。先ほどは…。」 恐る恐る声をかけたらその真剣な眼差しのままくるりと振り向く。 …できれば真顔で振り向かないで頂けるとありがたいんだけどな。 睨んでいないのはわかっているけれど…恐い。 「ああ、咲月!お疲れ。」 ほらね、笑顔になると凄くかっこいい。 「お疲れさまです…。」 頭を下げたら、ゴム手袋を外し様に立ち上がって手を伸ばす涼太さん 「頭の花、まだ萎れてなかったな。」 あ…そうか。付けて貰っていたんだっけ。 なりふり構わず動き回っていたからな…忘れていた。 私も慌てて手を上に伸ばして確認したら、また指先が花弁の感触を捉えた。 良かった…無事だったね。 「…なに、忘れてた?もしかして。」 「す、すみません…その…仕事に全く余裕が無くて…。」 「なるほどね、色気より仕事なわけだ。」 意味ありげにニヤッと笑うその表情が何となく柔らかく見える。 あ…そう言えば…。 「このお花、瑞稀様に『涼太の趣味か?』と聞かれました」 「おっ!マジで!?」 嬉しそうに微笑む涼太さんにさっきの薮さんの表情が重なった。 お二人とも…何となく纏ってる空気が同じ感じがするな…瑞稀様の話になると。 「じゃあさ、ちょっと待ってて。」 涼太さんがいきなり目の前でしゃがみ込んだ。 なんだろう? 隣から少し覗き込んだら小さな花冠を作っている。 器用だな…。 「さすがに、冠って歳じゃないけどさ。そのひっつめ髪のシュシュ代わりにはなるんじゃねえか?」 感心している私に、涼太さんが、さっきさしてくれた花を抜き、今度はそれを丁寧に髪を束ねている部分につけてくれた。 花をつけて貰えるなんて、嬉しい…かも。単純に。 『はい、花冠!咲月ちゃんお姫様みたいだね!』 『智樹兄ちゃんありがとう!』 また子供の頃のやり取りを思い出した。 智樹さんもよく作ってくれていたな…懐かしい。 「あ、ここにいた!」 お花を髪に付けてくれた涼太さんにお礼を言おうとしたら、薮さんが向こうから息を切らし気味に走って来た。 「咲月ちゃん、悪いんだけど、瑞稀様の外出の支度、手伝ってくれる?俺、ちょっと他の手配とかで忙しいから。」 「え…!わ、私ですか?あの…坂本さんは…」 「あの人はあの人で、出発前のお茶の支度に追われてるから。」 時計を確認しながら「頼んだよ」と去って行く薮さん。 …待ってください!わ、私…今日が初日で… やり方とか、まるで教えて貰ってなくてわからない…ん…です…けど。 薮さ…ん… 足早に行ってしまった背中を見守り、ただ項垂れてる私を涼太さんは隣でクスリと笑う。 「圭介、ナイスタイミング」 「えっ?!」 「いや?ほら、早く行かないと、『瑞稀様』に怒られるんじゃない?」 私の背中をグイグイと押す涼太さん。 何だか、若干楽しそうなのが気になる…けど。 と、とりあえず、行かねば。 『頭悪いね』とか言われたばっかりだし。 見つめたり 変な返事をしたり。 失態ばっかり繰り返してるから。 今度こそ、ちゃんとしないと。 ダッシュでお勝手口に戻ると、廊下を急いで走る。 …本当は静かに歩くのが礼儀だけど。 『頭悪い上にトロイの?』とか言われそうだし、とにかく少しでも早く行かなきゃ。 息切れと鼓動の早さをそのままに、白い木枠の大きなドアの前に再び立つ。 …今度はそそうの無い様にしなきゃ。 大きく深呼吸をすると、一度ごくりと唾を飲み込んでから、ドアをノックした。 「し、失礼致します。」 「遅い。主人待たせるって、良い度胸してるじゃん。」 「も、申し訳ございません。ゲホっ」 しまった…もの凄いダッシュで来たから息切れしまくってたんだった。 「す、すみませ…ゴホっお、お見苦ゲホっ…」 ああ…こう言う時って本当に悪循環。 と、とにかく、着替え…を…お出し…して… ふらふらとクローゼットに近づいて扉に手をかけたらその上からもうひとつ重なる手。 か、重な…?! 顔を上げたら、瑞稀様が隣で小首を傾げた。 「…一生懸命なのはわかったからさ。とりあえず、深呼吸したら?」 深呼吸…の前に、て、て、て、手! 半端無く高鳴る鼓動で頭がクラクラする。そのまま硬直している私を見て、瑞稀様がクッと笑った。 「顔赤いけど、熱でもあんの?」 今度はおでこに掌の感触。 それに反応して身体全体が一気に熱を放った。 触れ…触れ…ああ、もう。 ご主人様に、しかも、本日付けで雇って頂いたばかりの方に『大丈夫?』と心配されるってさ。 どうしよう…こんな無礼。 く、クビ…だよね、これ。 それだけは…免れたい! 「あの、ここまで走って来て…。 お見苦しい所をお見せ致しました。もっと体を鍛えて息を切らさないようにしておきますので!申し訳ございません!」 一歩引いて二つに体が折れるくらいに頭を下げて、自分でも何言ってるのか分からない言い訳を並べて。 お願い!クビにしないで! とにかく必死だった。 …けれど。 「ぶっ!!!」 …今、吹き出す音、聞こえた? 恐る恐る顔を上げたら口元を腕で隠しながら、声を殺して爆笑している瑞稀様の姿。 「あの…。」 「いや、だって。『体を鍛えて息を切らさないように』ってさ…。すごい発想だね、それ。」 …そ、そうかな? 体力をつけておく事はメイドとして重要だと思うけど…。 笑われてる事がただ恥ずかしくて、また俯いたら、ポンと頭に掌が軽く乗っかった。 「…でも、俺は良いと思うけどね。何ていうか…やる気ある感じで?」 え…? 今度はニコッと微笑む瑞稀様。 それに、ドキドキと強かった鼓動が不思議と少しだけ心地良く変化する。 「じゃ、まあ…とりあえずお互い、役柄を全うするって事で…着替えしようか。」 立ち尽くしてる私をよそに、瑞稀様自ら、クローゼットの扉を開けた。 .
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