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◇
最低でも一年に一回はここへ帰って来るご主人様と奥様。
旅行が好き、真人さんを探してるとはいえ、瑞稀をほったらかしってワケでもなくて。
それなりに気にはかけてるみたい。
まあ…世間体なのか、本気で気にかけてんのかは定かじゃ無いけど。
瑞稀自身とはニューヨークやロンドンのホテルや会議場なんかで仕事の事でよく合ってるらしいしね…。
それにしても、今回は今までに無い急な話で。
あの、余裕綽々にニヤリと笑う先輩執事の顔がよぎる。
執事の根回しによるのか、旦那様の気まぐれによるのかは定かでは無いけれど、絶対…楽しんでるよな。
こうなりゃ、意地でも完璧に迎え入れないと。
…咲月ちゃん次第による所も大きいかもしれないけれど、今回は。
リビングに坂本さん以外を集合してもらって話した俺に、目を少し見開いた咲月ちゃん。それを涼太が反射的に見た。反対側に居た波田さんも。
…やっぱり、波田さんも気が付いていたんだ。
坂本さんが気が付いていたと聞いた時「波田さんも気が付いてるだろう」と何となくは思ったんだけどさ。
それにしたって、二人とも大人だわ。
全く分かんなかった。
俺なんてさ…スカーフから少しだけ見えた赤い痕ですら瑞稀と顔合わせる時にニヤケるの堪えて大変だったのに。
まあ…それで言ったら、咲月ちゃんも大分大人なのかもしれないよな。
「…圭介さん、私は何からすればいいですか?」
意志の強い揺るがない瞳に、思わず頬が緩んだ。
…やっぱり、咲月ちゃんはメイドとして一流だわ。
坂本さんが惚れ込むだけの事はある。
その言葉をきっかけに、波田さんも涼太も、思考を完全に『仕事モード』に動かしてく。
正直、俺としても賭けだったから。
もし、この状況で咲月ちゃんが動揺して迷いが生じる様な事があれば、瑞稀様の執事としてそのフォローに回らなければって思ってたから。
そうするとね、諸々を仕切りながら…って言うのが、出来なくは無いだろうけれど、少しキツいかな…とは思っていたんだよね。
だから敢えて招集かけて、一斉に話を聞いて貰った。
こうする事で、咲月ちゃんは逆に一対一より冷静に判断できんじゃねーかなって。
…それ位、周囲が見えている視野の広い人間だって踏んで。
特にさ…あの二人が帰って来ると言う事は、当然、その執事も帰って来るわけで。
俺としては、ムキになってでも、完璧な所を見せたいと言うのがあったから。
俺を半ばからかいながら激励する二人に、不思議そうに首を傾げてる咲月ちゃん
それに、面白半分で話をする、波田さんと涼太。
…まあ、皆、優秀揃いだから、普通に業務してもらえれば、屋敷の事云々を言われる事はまず無いって思うけど。そして、横の二人も同じ様に思って、軽い気持ちで話をしてたって思う。
けれど、聞いた咲月ちゃんの表情は、さっきよりも明らかに引き締まってその真剣な意志の強い瞳がより輝いた。
「私、頑張ります!」
拳を握りしめて、前のめりになりながら宣言する咲月ちゃんに瑞稀の柔らかい笑顔が過る。
涼太と同時に頬が緩み、波田さんも笑いを響かせた。
…成る程ね。
瑞稀が惚れるだけの事はある。
真っすぐで
真面目で
脆い一面はあるのに、芯がしっかりしていて、どこか冷静で、曲げない所は曲げない。
そして何より、自分に降り掛かってる問題を抱えながらも、こうやって、人の為に熱を持つ。
智樹…お前が大切にしていた女性は随分凛としてんだね。
『俺にもう関わらないで』
そして…恐らく今も、何かから守ろうとしている女性。
「圭介さん?」
咲月ちゃんに不思議そうに顔を覗き込まれて思わず苦笑い。
ヤベっ…今は智樹の事考えてる場合じゃなかったわ。
そっちは、探偵に動いて貰ってんだし、俺は今はご主人様と奥様を向かい入れる準備に集中しないとな。
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