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「それにしても、あんたやっぱり小花とできてたんだね。
風呂敷なんてもの、送るような仲なんだから」
店を出たあと、廓の中心部を流れる川沿いの道を、茅野と月雲は歩いていた。
生ぬるい風が、二人の頬を撫で吹き抜けていく。
「あいつが欲しいと言ってきたんだよ。
絵を売って初めて稼いだ、なけなしの銭をはたいて買ってやったんだ。
もう、大昔の話だが」
「でも、あの娘がずっと大切にしてたのを知ってる。
死ぬまで片時も離さず持ってたんだ。
それが凶器になっちまうなんて、ずいぶんと皮肉な話だけれど……」
言葉に詰まって、茅野は唇を噛んだ。
月雲はそんな茅野のほうを見ようともせず、ぽつりぽつりと語りだす。
「あいつとは、子供の頃から近所同士だった間柄でね。
ほとんど妹みたいに思ってた。
あいつの親父が商いで失敗して、借金のかたにとられなけりゃ、こんな生き地獄に落とされることもなかった。
ごく普通の、どこにでもいるような娘だったんだ」
「……まあ皆そんなもんだろ。
ここに送られて来た、いきさつなんて誰も変わりゃしない。
生まれながらの遊女なんていやしないし、好きでこんな商売してる女もいないさ」
「そうかも知れんが、小花の苦しみを他人事にはできなかった。
たまに俺に届く文には、気丈な言葉と、涙のあとがあってな。
救ってやりたいと思った。 何とか、この手で。
気軽に会うこともままならなかったが、絵の世界で一発当てれば大儲けできる。
大家と呼ばれるような、名の知れた絵師にでもなれば、身請けさせてやることも夢じゃない。
それしかないと思った。 俺は他に何の取り柄もない人間だしな」
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