13人が本棚に入れています
本棚に追加
/23ページ
「あれ? 何してるんだい、あの男」
会話に辟易した茅野は、廓の二階の格子窓に寄りかかり、外を見やりながら呟いた。
「何だ?」
永興が茅野の背中に重なるような格好で、横から顔を出し、外の夜闇をのぞく。
「ほら、あんなところで、一人ぼんやり佇んで」
窓下の川辺の草むらに、男がぽつんと立っていた。
月明かりに照らされながら、何もせず、じっとうつむいて足元を眺めている。
「ありゃあ、どっかで見たことある野郎だな。
あぁそうだ、思い出した。
最近はやりの春画描きだよ」
「春画?」
茅野が怪訝な面持ちで聞き返した。
「そう。 描く女が艶っぽいと言われ、もてはやされてる」
「ふぅん。
ま、ちまたの寂しい男どもには、上手く描けた絵なんかよりも、そんなののほうが、ずっとありがたいものなんだろ」
「売れりゃ何でもいいってもんじゃねぇよ。
こっちは線の一本一本にまで、感情こめて描いてるんだ」
そんな老絵師の言葉を、茅野は笑い飛ばした。
「あはは。 あたしに芸術論を語られてもねぇ。
それにしても、そんな男がどうして、あんな場所でぼんやりしてるんだろう」
「どうせまた、女の体のことでも考えてやがるんだろうよ」
「そりゃあんたも同じだろ?」
茅野に流し目を送られ、受け止めた永興がにやりと笑う。
「おいおい、あんな輩と一緒にするなよ」
「もう。
ちゃんと、あたしのことを考えておくれよ。
お気に入りの若い娘の体じゃなくてね」
「うるせぇな。
だから、おまえだけだと言ってるだろ」
……………………
最初のコメントを投稿しよう!