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「だから何の用だよ?
奉行所の世話にならなきゃいけねぇようなことは、何もしちゃいないと言ってるだろうが」
遊廓の一角にある店の一間。
布団に寝そべる女の前で、せわしなく筆を動かす男がいた。
端正な造りの唇を歪ませ、心底、煩わしそうにぼやく、その姿。
黒無地の長丈羽織に、藍の小袖は粋で当世風。
だが無造作に結われた髷が、どこかやさぐれた雰囲気をかもしだす春画描き〝月雲〟。
「そうはいきませんよ!
昨晩、川原で殺された遊女のそばに、あんたが立ってたのを見たっていう人がいるんですからね?」
極力、女の姿を目に入れないようにと、身を潜めた衝立の陰から声をかけてくる与力の名は〝長谷蔵之介〟。
相手の絵師より一回りほど若いが、ぴしりと整えられた袴姿と、真面目くさった風体は、いかにも実直な人柄と、育ちの良さを感じさせる。
当然、女の裸体などは目の毒で、直視できないらしい。
「俺の姿を見ただと?
そりゃ、どこのどいつだよ?」
月雲が威嚇でもするように、ぎろりと背後をにらみつけると……
「あたしだよ!」
そんな声をともに、勢いよく開いたふすまのむこうから、茅野が室内に踏み込んできた。
「あ?」
「あんたが〝つくも〟とかいう名の、変態絵師かい?
ちょっと坊ちゃん!
とっとと、とっつかまえておしまいよ。
野放しにしておけやしないだろ。 こんな罪人!」
年若い与力は、風格が足らない。
遊女にさえも見下される始末。
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