かわいそうなんかじゃないよ。

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     ◇   「ねえ、お母さん」  家での夕食の時間。  私とお母さんはテーブルで向かい合って食事をしている。  にぎやかなテレビの音が、カチャカチャという二人分の食器の音を時折かき消していた。 「なあに? ハルちゃん」  私の呼びかけにお母さんはふわりと優しい笑顔を向けてくれる。  仕事をしながら家のことも完璧にしてくれる、自慢のお母さんだ。  休みの日にはよく二人でお出かけもする。  今日お母さんの来ているベージュのセーターは、先週買い物に行ったときに二人で一緒に選んだものだ。 「あのね、聞きたいことがあるの」 「うん。言ってごらん」  お母さんの優しさに後押しされ、少し迷った後、私は意を決して口を開いた。 「私には、おばあちゃんとおじいちゃん、一人ずつしかいないの?」  すうっと、お母さんの顔から表情が消えた。  どっとテレビから楽しそうな笑い声が響いてくる。  お母さんが、手に持っていたお箸とお茶碗をテーブルに置いた。  それから何事もなかったかのように笑顔を取り戻して、優しい声音でゆっくりと問いかけてくる。 「学校で、何か言われたの?」  私は見ていた。  机に乗せられたお母さんの手が、ぎゅっと握りしめられるのを。  お母さんがいつも、私が悲しい思いをしないよう、考えてくれていることを私は知っている。  パパがいないことで、私が悲しい思いをしないように。 「ううん、違うよ、そうじゃなくてね」  幼いながらも私は必死に言葉を選ぶ。  私もお母さんを悲しませるようなことはしたくなかった。  
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