3 従者

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 建物を見た瞬間、疲労感と安堵感が一気に押し寄せてくる。足が動かずその場に立ち竦む私の手を引いて、女は励ますように言った。 「さあ、もうすぐよ」  営林所には門らしき鉄製の柵があったが、その柵はすっかり赤茶色に錆び付いていた。木材の運搬トラックが入れるように広い駐車スペースがあり、トラクターや木材加工用らしき重機が何台か並べられていた。  錆びた門を肩で押し開けながら、女は言う。 「じいちゃんが起きてたら車出してもらえるんだけど、もう寝ちゃってるだろうなあ。そもそもおじさんってどこから来たの?」 「爾志の市内」 「爾志? じゃあ狐集(こしわ)まで電車で来たの?」  頷く私をあきれたように一瞥した後、女は鉄柵に頬杖をつく。 「もう電車もバスも走ってないし、今日は営林所に泊まるしかないわね」 「いや、そこまでしてもらったら申し訳ない」 「業者の人なんてしょっちゅう泊まってるから、別に気にしないわよ。いまさら野宿しても仕方ないでしょ」 「それは……そうだけど」 「ていうか、私も眠いし。明日の朝、じいちゃんに狐集の駅まで送ってもらいなよ」  口篭る私の手を子供のように引っ張り、女は笑った。  営林所の建物は駐車スペースの奥にあり、平屋の事務所になっていた。入口には傘のかかった裸電球の照明が灯り、『狐集北部営林組合』と書かれた縦長の木製看板が立て掛けられていた。  その隣に隣接している一軒家が、女とその祖父の住むという管理人の家なのだろう。 「やっぱり電気消えてるから、じいちゃん寝てるみたい」  家の玄関を覗き込んで、女は言う。腕時計を見ると、既に時計の針は十二時を過ぎていた。 「とりあえず、営林所の方に行きましょう」  女は鍵の掛かっていない営林所のサッシ戸を開け、入口にある電気のスイッチを入れる。電気の灯った営林所には、手前に事務机の並べられた事務所があり、その奥に幾つかの物置部屋があるようだった。
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