3 従者

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「どうして天気雨のことを、狐の嫁入りって言うんだろう?」 「不気味だからじゃない? 狐火と同じで、狐に化かされたって理由付けが欲しいのよ」 「神社では、狐は神様の使いなのに?」 「人は自分で理解できないものを、畏怖するのよ。不可思議な出来事に対して、悪いことが起きないように崇める対象に狐が選ばれただけ。それは多分狸でも鼬でも良かったのよ」 「……狐の嫁入りを見た人間は、どうなってしまうんだい?」  私の質問に、女はしばらく考え込む。それは分からないというより、答えを知っているが教えて良いのか迷っているような素振りだった。 「知ってるなら教えてくれよ。気になるし」 「そうねえ……」  そう言いながら女は身を乗り出すと、私の手にしていた板チョコにそのまま齧りつく。  その間ずっと、女は私から視線を逸らさなかった。大人びた、吸い込まれそうな瞳だった。  それから薄紅色の唇に付いたチョコレートを細い指で拭いながら、女は言った。 「狐の従者に変えられる」  女はくく、と口の端をあげて微笑む。 「……」  私が黙っていると、女は大声で笑った。 「いやだ、おじさん。またそんな真剣な顔して。単なる言い伝えよ」 「あ……ああ」  さっき見た青白い鬼火のことを思い出すと、女のように屈託無く笑うことは出来なかった。 「私はじいちゃんからしょっちゅう聞いてるから、詳しいだけ。どの地方にも、この手のお話はたくさんあるのよ」  女はさも楽しそうに笑い終えると、すっと立ち上がる。 「さて、私も眠たくなってきたから寝るわ。お皿は置いといていいから」  さっきの青い光が幻だとは、私にはどうしても思えなかった。  ……ならば、あれは本当に狐火だというのだろうか?  考え込む私の傍を通り過ぎる際、女は私の頬をその白い指ですっと撫でた。  それは触れるか触れないかくらいの僅かのものだったが、間違いなくそれは女の意図的な仕草だった。  私が茫然としていると、女は何事もなかったように言う。 「狐に憑かれたような顔してるわよ、おじさん。ふふ、おやすみなさい」  振り返った時には、もう部屋のガラス戸は閉められていた。窓から射し込む仄かな月明かりの中、私は見えなくなった女の姿をいつまでも見つめていた。
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