1 渓流

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 しばらく山道を歩き続けていると、途中で一人の老婆と出会った。  農作業の格好をした老婆は、藁で編んだ籠を背負っていた。すれ違う際に挨拶をすると、「おやあ、山菜採りでむか云々……」と、老婆はよく聞き取れない方言で話しかけてきた。 「綺麗な紅葉ですね」 「こんな小さな山な地元の人間くらいしか入らんねから、静かなもんな」 「今日は良い天気ですね。暖かいし」 「こんな日あ、お狐様の嫁入りになりそうやき、気をつけておぬんなさいね」  腰の曲がった老婆はそう言って、再びたくさんの野菜の入った籠をかついで山道を歩いていった。 (狐の嫁入り? 天気雨のことか……)  奥に入っていくにつれ道らしき道はなくなり、一面を覆う雑木を掻き分けながら進まねばならなかった。立木が密集して徐々に険しくなる山道を、何度も蔓や木の幹に躓きながら歩く。既にこの山に入ってから、一時間以上は経っていた。  ツグミの鳴き声と木々のカサカサという乾いたさざめきの中、ふと耳を澄ますと、どこからか水の流れる音が聞こえてくる。もしかしたら近くに沢があるのかもしれない。水流の音に聴き入っていると、ひどく喉が渇いていたことに気付く。 (渓流か、ちょうどいい。そこで休憩するか)  水の音のする方へ歩き出すが、沢へ降りるには傾斜のきつい雑木林の斜面を突切るしかなかった。棘のある枯れ枝にばさばさと腕を引っ掻かれながらも、私はようやく沢に降りる。  体中にまとわりつく枯れ葉を払い落として岩場に出ると、やはりそこには渓流があった。
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