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男は不精髭を撫でつけながら、首を捻る。
「ここの営林所も、職員はみんな男ばっかりだしな」
「じゃあ……私が出会った女は?」
「うーん、そりゃ狐に化かされたのかもしんねえな」
「狐?」
真顔で答える私の表情がよほど可笑しかったのか、男は大声で笑う。
「はは、冗談だ。まあ、あんたが食ったのが泥団子じゃないみたいで良かったな」
「ど、泥……」
慌てて口に手をあてる私を見て、男はさらに笑う。
「まあ本当なら不法侵入で警察に突き出すところだが、事務所を荒らしたりしてる訳じゃないし、今回は大目に見るよ。あんたも悪気はなさそうだしな。遭難しかけてたんなら、助かって良かった」
男は私の肩を気軽に叩く。男はどうやら私が遭難して妄想を見たと思っているようだった。
しかし私を案内した若い女もその祖父も見つからない以上、私の言うことに信憑性は無いと思われても仕方ない。私は営林所に無断で入り込んだことを詫び、男に礼を言うしかなかった。宿泊代として財布の金を渡そうとしたが、男は笑ってそれを受け取ろうとはしなかった。
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