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木々の合間から射し込む眩い太陽が、私の背中を照らし続ける。
昨日この狐に出会った時に、それはもう決まっていたのかもしれない。
狐は身じろぎもせずに、ずっと私を見つめていた。
それは、確かに、私を待っている。
もうすぐ沢を渡りきるというところで、岩に足を取られ水の中に倒れ込む。
「く、そっ」
全身ずぶ濡れになったまま、対岸の縁まで這って進む。既に両足は感覚を失っていたが、手あたり次第に水面を両手で掻く。
ようやく対岸に辿り着いた私は、息を切らせながら岩にしがみつく。
顔を上げた私の目の前に居たのは、
さっきまでの金色の狐ではなく……、
……昨日の、あの女だった。
「……君は」
「ここまで戻ってくるなんて」
「……はは、私は執念深いんだ。それが女房に逃げられた理由かもしれんが」
がくりと膝をつく私に寄り添い、女は私の肩を抱く。
「この沢を引き返せば、またあなたの日常に戻れるのに」
「それは無理だな。そんな力も残ってないよ」
「いいの? これで」
「構わんさ」
女は私を抱いたまま、その細い指を私の手に絡ませた。
その時、ぽつり、と何かが私の頬にあたる。
見上げると、澄み渡った空から雨が降っていた。
「……狐の、嫁入りか」
ちかちかと瞬く陽光の中、雲一つ無い空から透明な雨の滴が落ちてくる。
渓流の水面に、幾重にも同心円状の波紋が広がっていく。
降り続く雨が、いつまでも私たちを濡らし続けていた。
(終)
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