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4 対岸
とても長い夢を、見ていた気がする。
私は日常という反復行動を、ずっと夢の中で繰り返していた。
そこにはいつも同じ朝がきて、同じ仕事をし、傍らには何年も変わらぬ姿の妻があった。
「ほら、また。新聞を見てるから、何を食べているのか分からなくなるのよ」
食卓を挟んで、妻があきれたように笑う。
私が箸で摘んでいたのは、チョコレートの欠片だった。皿の上を見ると、そこにはおにぎりとチョコレートが並べられていた。
顔を上げると、いつも妻が座っている席には、いつの間にかあの若い女が座っていた。女は頬杖をついて、少し吊り気味の大きな瞳で私のことをじっと見つめている。
女から視線を逸らすことが出来ず困惑していると、いつの間にか食卓の電気は消されて真っ暗になっている。
闇の中、テーブルの皿の上に小さな青白い狐火がぽつりぽつりと灯りだす。仄かに揺れながら列を成した狐火は、私の目の前をゆっくりと提灯行列のように進んでいく。
私が狐火に手を伸ばそうとすると、女が私の手を掴む。
それは、白く華奢な手だった。
「見えないものを畏怖するのは、おじさんの悪い癖ね」
そう言って、女は悪戯な笑い声をあげる。
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