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・ ・ ・
「詠(よみ)先生、寝てないで、次の原稿描いて下さい」
現実に引き戻された。
そうだ。
私の関係は、この過去の原稿の中でだけのことだったんだ。
だから……。
「あ、詠(よみ)先生、どこ行くんですか!!」
私は駆け出して、事務所から抜け出していた。
・ ・ ・
路地裏を真っすぐ抜けて、角を右に曲がって、小さな黒板のあるその隣の階段下。隠れ家のような場所に、古本屋はある。
私はその道を思い出しながら進み、金属のドアノブを回して扉を開く。
「いらっしゃい」
その先で、爽やかな笑顔で出迎えてくれるこの好青年が、私は大好きだ。
大好きだったんだ。だけど……。
私はその場に膝から崩れ落ち、泣き崩れた。
泣き崩れる私の目の前。扉の前に描かれていた、かすれた文字。
――閉店します。
(了)
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