第1章

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 ズキズキとこめかみが痛む。あの時の光景は、比喩ではなく夢にみた。そして、まだ鼻の奥に薄く残っているような、人間の焼ける臭い。そしてうめき声。  ひょっとして、もうつきまとわれませんように、という願いが叶ったのだろうか? でも、ヤスタカを殺してくれとまで頼みはしなかった! 「あなたは、ヤスタカさんにしつこくつきまとわれていたようですね」 「で、でも、私、火をつけてなんかいません!」 「もちろん、あれは自殺です。遺書がありました。ただ、その……」  そこで警官は言いにくいように言葉をいったん切った。 「ただ、あの体重計に仕掛けがあったのは知っていましたか?」    なんだかイヤな予感がして、鼓動が速くなった。 「仕掛け? 仕掛けってなんです?」 「実は、あの体重計にはセンサーが仕掛けられていたんです。重さが増えると作動する物が。そしてヤスタカさんはガソリンを被って、着火装置を持って毛布の山に隠れていた。あのお呪(まじな)いには時間が指定されていた。待ち構えるのも簡単でしょう。そしてあなたが石を置くと、センサーと連動して着火装置が作動するというわけです」  じゃあ、そのスイッチを入れたのは、ヤスタカに火をつけて殺したのは、私……?  私はその場で吐いた。手と足が震え、自分の物ではないように止められない。  鼻の奥の臭いがまた強くなった。そして煙の中でうごめく人影。 「その様子では、知らなかったようですね」 「でも、なんで、なんでそんな事……」 「あなたが想いに応えてくれなかったからと、遺書にはありました」  自分の想いに応えてくれないなら、せめて忘れられたくなかった。自分の手で殺した人間は、一生心にこびりつくだろう。そう遺書にあったと警官が教えてくれた。  だとするなら、ヤスタカの狙いは当たった。あの臭い、声、もう忘れられそうにない。    それから、どんな物もガソリンと肉の焦げる臭いがして、ろくに食事ができなくなった。夜は眠れず、薬を使って無理に眠れば、あの踊る影の悪夢を見る。リョウに連絡する気もなくなり、リョウからも連絡はこなかった。事実上自然消滅だ。  しばらくして、お節介な友人がリョウとユキが付き合い始めたと教えてくれた。私に体重計のお呪(まじな)いを教えてくれたユキ。彼女は、ヨシタカと顔見知りだったらしい。 ああ。そういうことか。私は、それでなんだか色々分かってしまった。
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