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いつもの書店で立ち読み。気になった本を手に取って時間を潰すのが、僕の日課だった。
本当は営業で色々回らないといけないのだけれど、何をやっても上手くいかない僕はもちろん仕事だってろくな成績を上げたことがない。
こんなことでは駄目だ、そう思いながらも不思議と足は書店へと向かってしまう。
口から溜息を溢れさせながら入店すると、いつもは話しかけてこない店員が愛想よく
「無料のコーヒーいかがです?」
と紙コップを差し出してきた。
元々店員の愛想が悪いせいでほとんど来客の居ない店だったが、反省して愛想よくし始めたのだろうか。
(今日も立ち読みで時間潰すか……)
コーヒーをぐいっと飲み干し、店内のゴミ箱に捨てて適当に本棚に囲まれた道を歩き回る。
とはいえ、長らく通っている店だ。どこに何があるかはもう把握している。
今日は恋愛ものを読もうかな。
その場に在った恋愛ものの小説に目を付け、パラリと開いた瞬間、僕は驚きの声を上げた。
「えっ」
『えっ』
僕の目に映ったのは、とても可憐な美人の顔だった。
驚いたのは向こうも同じようで、目を真ん丸くして僕をまじまじと見つめている。
恐らく向こうからしたら僕も同じような顔をしているんじゃないだろうか。
薄暗い店内の奥、店員の目に入らないようなところで出会った僕ら。
「えっと、初めまして?」
一応初対面の基本として頭を下げると、向こうも頭を下げてくれた。
『えっと、私本屋で立ち読みしようとしたらこうなったんですが』
「あ、僕も同じです」
開いた本のページは真っ白で、文字の一つもない。あるのは彼女の顔だけ。まるでテレビ通話でもしている気分だ。
店員に怪しまれない程度の声量で会話しているうちに、どんどん彼女のことが分かってきた。
驚くことに僕と彼女の趣味は一致しており、好きな食べ物や映画まで同じだった。
ついつい盛り上がってしまい、周りの事を気にしていなかった。
いつの間にか来店者が数人いて、僕のことを白い目で見ている。
「す、すいませんもう僕行きますね」
一言彼女に断り、僕は本を閉じてレジへ向かう。なんとなく買わなきゃいけない気がしたのだ。それに家でもう一度開いたら彼女に会えそうな気がした。
しかし、それは不可能だった。家でどのページを開いてもただただ文章が連なっているだけで、どこにも彼女の顔はない。
(またあそこで立ち読みしてたら会えるかな……)
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