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「私はけっして、京へは戻りません」
問いかけるよりも早く、なでしこが答えました。
仁王丸は何も言わず、
荒れ寺の一番奥にある廟堂を指さします。
彼女が首を横にふると、
彼は初めて聞くやさしい声音で言いました。
「守天が楼門で頼光と他の者達を食い止めている間、俺はあそこで綱どのと決着をつけるつもりだ。もし勝てば……、その時はまた、お前をさらってやってもよい」
なでしこは黙ってうなずき、廟堂へと歩き始めます。
鐘楼の下を通るとき、
足下に咲く撫子の花をつんで、髪に挿しました。
彼女を見送った仁王丸は鬼神・守天を呼び出し、
寺の入り口・楼門を守れと命令しました。
彼が決着をつけるべき渡辺綱だけを通して、
頼光と残りの四天王を足止めするよう命じます。
「綱どのはわしの方が先約じゃのに」
守天は不平をもらしつつも、首を縦にふりました。
「主人には逆らえぬ、つまらぬわい」
そう呟きながらも、足止め役を引き受けます。
「ここはひとつ、後の世に名を残すような大暴れをしてやろう」
鬼が胴間声を張り上げると、
楼門から、「鬼の大将出てこい」と呼ばわる声がしました。
守天はうれしそうに目を細めます。
「吾を呼ぶはたれぞ」
ひと声、木々の葉を落とすほどの大音声を出すと、
宙を舞って楼門の前に降り立ちました。
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