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仁王丸が唸ります。
「四天王に顔を見られた上に、人さらいになってしまったからには、うかつに京を歩けない」
「顔を見られたのは綱どの一人だけですのに。仁王丸は臆病風に吹かれましたか」
なでしこが、男のくせに情けないと言わんばかりの調子で聞いてきます。
怒った彼がひざを立てますと、守天の分厚い手が上から押さえつけました。
「けんかはやめろ。お姫さんが起きたら面倒だ。お主は頭領だろ、どっしりと構えていろ。なでしこ姫もこいつをあおるな。心配せずともわしが居る」
「私は姫などではありません。ただのなでしこです。それに心配なぞ致しておりません」
ぷいと横を向く彼女は、3年ほど前まで公家の邸で姫君と呼ばれていました。
もっともその家が隆盛であったのは曽祖父の代まで。
没落した家に生まれた彼女は、
とても貴族とは呼べぬ貧しい生活を送っていたのです。
彼女がまだ13歳の頃です。
ある夜、邸に忍び込んだ若い男がおりました。
まるでそこが京の大路であるかのように平然と邸を横切ろうとする青年と、
彼に従う恐ろしい鬼を見て、
彼女はためらいもせずに庭へと降りて来ました。
「私をさらって下さい。面倒だと言うのなら、その鬼に私を喰らわせて下さい」
13歳にして人生に絶望したと語る少女の目は、
やつれた外見や口から出る言葉とは裏腹に、精気がこんこんと湧いています。
月もない夜に光を宿す不思議な瞳をのぞき込みながら、彼は告げました。
「泣くな、騒ぐな、鬼に食わすぞ。飯炊きと畑仕事をするならば、さらってやる」
無言でうなずく少女を、守天が肩に担ぎあげました。
はらりと単衣のたもとから、撫子の花がこぼれ落ちます。
彼女はそれを自分の名前と決めました。
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