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山中での暮らしが始まりました。
なでしこは百姓同然の暮らしも平気で、
麻の衣を着て朝から晩までかいがいしく働きます。
飯炊きもしました。畑仕事も嫌がらずにやります。
気が付けば白い肌は陽に焼け、
短く切った髪、細い肢体と相まって、まるで少年のようでした。
見かねた仁王丸が、仕事のほうびに絹の単衣や、
瀟洒な櫛などを持ち帰ったことがあります。
なでしこは目を輝かせましたが、
「私には無用のもの」と、櫃にしまい込むのでした。
「文を書くことを許して下さい」
山奥の生活はさみしく、心細いのでしょう。
気丈に振舞ってはいても、まだ13歳なのです。
彼女は同い年の「桃子」という姫君にあてて、
短い手紙をしたためました。
仁王丸は桃子姫の邸に忍び入って寝所の縁へ文を置きます。
次の晩に彼が再び訪れると、
桃子姫の返事は庭の木の枝に結びつけられておりました。
手紙にはとんでもないことが記されていました。
桃子姫も家を出たいと言うのです。
初老の夫をもつ彼女は、没落した貴族の子弟と恋仲でした。
かなしいことに二人は縁を結ぶことが出来ません。
ならばいっそ京を出たいと思ったのでした。
仁王丸にはめいわくな話です。
なでしこと彼の意見は真っ向から対立しました。
守天が「痴話げんか」と呼んだ言い争いは、ひと月ほども続きます。
結局は彼が折れ、なでしこと京へ行き桃子姫を連れて来ました。
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