隠れ里

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桃子姫は公家のむすめらしく仕事は一切しようとしませんし、 身の回りのことさえ一人では出来ません。 どういうわけか洗たくだけは最初から好きで、 上手でさえあったので、洗たくばかりをさせておきました。 なでしこみたいな女が増えたらどうしようという心配が外れて、 彼が胸をなで下ろしておりますと、 数日後、寺に狩衣(かりぎぬ)姿の公達(きんだち)が訪ねて来ました。 桃子姫の思い人です。 彼女の残した和歌を手がかりに山中をさ迷った末、 やっとたどり着いたのでした。 何日も食事をしていないと言う若者が、 なでしこの出したそば粥をむさぼり食う様を見て、 仁王丸は今まで感じたことのない気持ちを覚えました。 公家のする恋だの歌だのには全く興味がありません。 恋愛のために危険を冒すなどばかばかしいと考えています。 ところが本当に命がけで思い人に会いに来た男を目の前にすると、 粥をかき込む姿でさえ神々しく見えるのでした。 かたわらではらはらと涙を流す桃子姫の姿に、 彼の心はさらに揺さぶられます。 俺も女を好きになり、命を懸ける事があるだろうか。 さすがの仁王丸でさえ、考えずにはいられません。 なでしこがこちらを向いたので、思わず首をふります。 ありえない話です。 「公家の遊びに付き合っていられるか」 影の中から忍び笑う声がもれて来ると、 仁王丸は思いきり足元の地を踏みつけました。
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